mysound SPECIAL INTERVIEW!! 桑原あい

mysound SPECIAL INTERVIEW!! 桑原あい

1991年生まれのジャズ・ピアニスト、桑原あいが約2年ぶりの新作をリリースする。近年は国内でも数々の賞を受賞し、モントルー・ジャズ・フェスティバルのコンペティションにも参加するなど、ますます躍進をみせる彼女。スティーヴ・ガッドとウィル・リーという、世界最高峰のベテラン・ミュージシャンをむかえてNYで録音された、彼女の新局面の始まりを示すようなこの作品の魅力に、インタビューを元に迫っていく。

NEW RELEASE

INTERVIEW


  • 桑原“今作は、『ピアノがわたしでわたしがピアノ』といったスタンスを表したかったのです。”



    桑原あいは1991年生まれ、25歳のピアニストだ。幼い頃から活躍し、ヤマハエレクトーンコンクール全日本大会金賞を含む入賞は多数。洗足学園高等学校音楽科ジャズピアノ専攻を卒業してからは、ジャズ・ピアニストとして国内外で活躍。これまでに4枚のアルバムをリリースしている。近年の活動では、活動の中心となるピアノ・トリオ「ai kuwabara trio project」と並行して、ソロ・ピアノによる演奏を多く行っているのも特徴的だ。2015年にスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルのソロ・ピアノ・コンペティションへ出場、そして2016年には日本全国へのソロ・ピアノ・ツアーも敢行している。


    そして今作『Somehow, Someday, Somewhere』では、ベテラン・ミュージシャンの起用、NY録音と、彼女のピアノがまた新たな局面をむかえていることを示すようだ。今回のアルバムのコンセプトについて、桑原自身はこのように解説する。


    今作は、ピアノとひとつになる、『ピアノがわたしでわたしがピアノ』といったスタンスを表した作品にしたかったのです。ちょっと前、ピアノとの向き合い方に変化がありまして。それまでピアノに挑むといった姿勢だったんですが、ソロライブでわたしとピアノしかない世界を経験したことで変化がありました。


    このピアノへのこだわりの背景には、彼女がエレクトーン出身であるというコンプレックスもあったと話す。しかし、むしろそれこそが彼女の楽曲のカラフルな色彩感覚の根底にある秘密のようにも思える。


    彼女のピアノ、そして作曲の魅力としてまず挙がるのが、クラシック的な感覚とジャズ的な感覚が不思議なバランスで混合している事だ。それはアルバムの一曲目「Somehow It’s Been A Rough Day」からも聴き取る事ができる。オーケストラの楽曲のようなスケール感の大きさと、そこに混ざってくるブルースの香り。それはまるで、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」のようだ。


    影響を受けたアーティストを挙げると、まずバッハがあります。そしてオスカー・ピーターソン、アンソニー・ジャクソン。ブラームスはハーモニーという点で。プレイを超えて、存在感が音楽という意味では、レナード・バーンスタイン、ミシェル・ペトルチアーニ。レナード・バーンスタインの指揮は、タクトを振ってなくも、腕組みしてユラユラしているだけでその意図がメンバーに伝わるんです。言葉やジェスチャーじゃなく、通じ合う存在感。見ているだけで泣きそうになります。エグベルト・ジスモンチからも刺激を受けています。


    さらに話をきくと、好きなピアニストにアート・テイタムを挙げて「一番好きかも」と語ったのが印象的だ。アート・テイタムは1909年生まれのアメリカのジャズ・ピアニストで、カウント・ベイシーらと同世代にジャズの礎を築いた人物の一人である。レナード・バーンスタインは1918年生まれ。1991年生まれの桑原の楽曲の参照点が、モダンジャズ以前にあるというのは興味深い。


    「あいがリーダーだから」と対等に接してくれたサポート・ミュージシャン



    今回のアルバムに参加したのは、いずれも桑原と40歳近く歳の離れたベテラン・ミュージシャン。スティーヴ・ガッドは、70年代後半から活動をはじめ、スタッフやステップスといったフュージョン・グループでの活動、さらにポール・サイモンからエリック・クラプトンまでのサポート・ドラマーとして知られている。ウィル・リーもまた、ジョージ・ベンソンやハイラム・ブロックといったフュージョン・アーティストから、ビリー・ジョエルなどポップスにいたるまで華々しい共演歴を持つベーシストだ。


    その二人との共演のきっかけ、そしてレコーディングでの様子についてたずねてみた。


    スティーヴとの出会いは2013年の東京JAZZです。プロデューサーの伊藤さんに紹介頂いた時、スティーヴは気さくに「ステージ観るよ」といってくれたのですが・・・本当に観てくれていて!それからスティーヴが来日する際は会いに行くようになり、ウィルとも彼がスティーヴと一緒にやっているバンドの楽屋で出会いました。


    レコーディングでは、「あいがリーダーだから」と対等に接してくれて、とてもやりやすかったです。スタジオで何度もディスカッションを重ねて、それがプレイにしっかり反映されました。ふたりが視界にいなくても、わたしの後ろにもうひとり三人を俯瞰してるわたしがいるような。モニタリングしてる音だけで、ふたりの空気が伝わってくる状態になりました。先ほどのレナード・バーンスタインの(言葉やジェスチャーに頼らず意図を伝える)存在感にも通じますが、スティーヴもカウントだけで楽曲のすべてを物語ってるんです。


    リスペクトが込められたカバー曲と、映像が見えるようなオリジナル曲



    新作はシンプルなピアノ・トリオの編成ながら、様々な音楽のエッセンスが詰め込まれている。取り上げた楽曲にも、それぞれのアーティストへのリスペクトが感じられた。そしてレナード・バーンスタインやボブ・ディランなど歌詞のある楽曲を多く取り上げているのも印象的だ。そこには自身のピアノの特徴について語ったこのセリフが、ヒントになっているかもしれない。


    「ピアノが歌」だと思うんです。ポーンと一音出しただけで「これがあいの音だよね」って伝わること。ちなみに、譜面には歌詞を書き込んでます。


    「Somewhere」は1957年のブロードウェイ・ミュージカル『ウェスト・サイド・ストーリー』の楽曲。フィル・コリンズやペット・ショップ・ボーイズもカバーした名曲だ。ピアノ・トリオながら大きなスケール感で演奏され、スティーヴ・ガッドのブラシ・プレイとウィル・リーの歌うようなベースが冴えるこの曲は、アルバムの中でもハイライトとなるような演奏だ。


    レナード・バーンスタインは、詞を含めて世界で一番大好きで、昔研究したことがあったんです。一見簡単に思えると所とか、もう本当に緻密に構築されていて。変わったアレンジはせずに、原曲に沿うアレンジにしました。もちろん楽譜には歌詞を書き込んでいます。実はこの作品がつくられた当時、レナード・バーンスタインは40代で、作詞のスティーヴン・ソンドハイムはなんと20代後半だったんです。(ウエスト・サイド・ストーリーの)制作陣も若手で集められていたそうです。
    やるなら今しかないと思いまして。


    「Somewhere」と対照的に彼女なりのアレンジで臨んだのが、ビル・エヴァンスの「B Minor Waltz」だ。


    あまりこの曲のカバーは聞きませんね。暗さの中に、どこか独特の美しさが光っていると思います。アレンジに関しては、おそらくビル・エヴァンスはラヴェルの影響を受けていると睨んでいまして、あえてラヴェル側からのアプローチで取り組みました。


    ラヴェルの特徴は、「時計職人」ともたとえられる精巧なタッチと、和声的というよりは旋律的な作曲、そしてオーケストレーションの緻密さにある。クラシック音楽を学んでいたことで知られるビル・エヴァンスの姿勢は、桑原にも重なるものがあるかもしれない。


    アルバムのオリジナル曲では彼女の詩的な一面が発揮されている。寺山修司の詩に着想を得た「All life end someday, only the sea will remain」、ニューヨークでのエピソードから生まれた「Extremely Loud But Incredibly Far」、そしてクインシー・ジョーンズとの出会いから生まれた「The Back」と、彼女の楽曲はどこか哀愁を帯びており、映像的な美しさを持っている。


    「Extremely~」はニューヨーク滞在中、真夜中に救急車のサイレンで起こされた事から生まれた曲です。外は大騒ぎの金曜日の夜。自分の置かれている状況と外の世界の距離感を感じて。ニューヨークの夜をイメージさせるフェンダーローズから、後半ピアノに展開するのは、そういったところからです。タイトルは、映画「Extremely loud & incredibly close」(ものすごくうるさくて、ありえないほど近い)をもじりました。


    「The Back」は、モントルーでクインシー・ジョーンズと出会ってできた曲。曲作りはたいてい何度も推敲しますが、この曲はしていません。作った時の気持ちそのままです。録音もテイクワンを採用しました。


    ◆Extremely Loud But Incredibly Far



    ◆The Back





    他にも好きな作家として太宰治を挙げるなど、彼女の世界観をつくりあげる要素は幅広く、それらをまとめ上げる独特のバランス感覚に惹き込まれていく。参加したミュージシャンも真摯に彼女の音楽を作り上げていく事を徹底しているのが、その何よりの証拠であるように感じた。


    最後に、アルバムを楽しみにしているリスナーへのメッセージを届けてくれた。


    ハイレゾ音源は、レコーディング現場を思い出しました。わたしと、ふたりの音の呼吸が、緊張感を持ちながらひとつになるスペシャルな感覚がよみがえってきて、驚きました。


    今回はジャケットにもこだわっていて(7インチ紙ジャケット)。この存在感は、ぜひモノとして届けたいなと。あと、初めてセルフ・ライナーノーツも書いたのでそこにも注目して頂ければと思います。



    Text by Hikaru Hanaki
    Photo by Masami Adachi


DISCOGRAPHY

PROFILE

洗足学園高等学校音楽科ジャズピアノ専攻卒業後、ヤングアメリカンズ・ドイツ公演のピアニストとしてドイツに滞在し演奏活動を行う。2011年、大泉洋『大泉ワンマンショー』のピアニストとして全国ツアーに参加。ファッションブランド「mastermind JAPAN」初のオフィシャルCD参加や、Def Techベストアルバム参加など、レコーディングワークも多数行う。2012年5月、自主制作された1stアルバム『from here to there』にボーナストラックを加え、同年11月にeweから改めてリリースし、全国デビューを果たした。2013年にリリースした2ndアルバム『THE SIXTH SENSE』は、タワーレコードジャズチャート1位を獲得し、JAZZ JAPAN AWARD2013アルバム・オブ・ザ・イヤー:ニュー・スター部門、第26回ミュージック・ペンクラブ音楽賞ポピュラー部門<<ブライテスト・ホープ賞>>を受賞。2014年、3枚目のアルバム「the Window」をリリース。モントルー・ジャズ・ソロ・ピアノ・コンペティション・イン・かわさき優勝。2015年、初のカバーアルバム「Love Theme」リリース。2016年には初の全国8ヶ所のソロピアノツアーを実施。ファイナルは東京オペラシティリサイタルホール。同年9月LAにてクインシー・ジョーンズ・プロダクション・プレゼンツ桑原あい単独公演を成功させ、シアーサウンドにてウィル・リー、スティーヴ・ガッドという名手を迎えたトリオで5thアルバム(本作)を録音する。

アーティストページ

LIVE

■Ai Kuwabara Shinjuku Pit Inn 5days "5 Souls"
日程:4/2(日) 4/3(月) 4/7(金) 4/8(土) 4/9(日)
会場:新宿PIT INN
時間:open 19:30 / 1st 20:00 / 2nd 21:30(入替なし)
料金:前売り¥4,000 / 当日¥4,500 ※5日間通し券:¥16,000(チケットは全て1ドリンク付き)

"Day1" 4/2(日) 「Ai Kuwabara Chaos Quartet」
桑原あい(pf) 徳澤青弦(vc) ermhoi(electronics) 他

"Day2" 4/3(月) 「Ai Kuwabara Super Quartet」
桑原あい(pf) 吉田沙良(vo) 織原良次(flb) 山田玲(ds)

"Day3" 4/7(金) 「ai kuwabara trio+α」
桑原あい(pf) 森田悠介(eb) 石若駿(ds)
Special guest : 大儀見元(perc.)

"Day4" 4/8(土) 「ai kuwabara trio+β」
桑原あい(pf) 須川崇志(wb) 石若駿(ds)
Special guest : 菊地成孔(sax)

"Day5" 4/9(日) 「ai kuwabara trio project」
桑原あい(pf) 森田悠介(eb) 須川崇志(wb) 石若駿(ds)


詳細はオフィシャルサイトで

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