第十九回 《カヴァレリア・ルスティカーナ》とシチリアワイン【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

9月11日、フィンランド留学時代からの友人が主宰するクラリネット・アンサンブルの演奏会に指揮者として招かれました。盛り沢山のプログラムの一部をご紹介すると、

モーツァルト/高橋宏樹編:《あ、いいね! クラ、いいね!》

アンダーソン/高田利英編:《シンコペーテッド・クロック》

メンケン/西條太貴編:《アンダー・ザ・シー》

といった楽しい小品に加えて、

モーツァルト/吉野尚編:《涙の日》

バルトーク/森田一浩編:《ルーマニア民族舞曲》

マスカーニ/吉野尚編:歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》より〈前奏曲とシチリアーナ〉

といったシリアスな作品までヴァライエティに富んだものでした。

さて、この中でも特に印象に残ったのが《カヴァレリア・ルスティカーナ》です。非常にドラマティックなオペラをクラリネットという楽器だけでどのように表現するか、腕の見せどころでもあります。

皆さん、ひと口にクラリネットと言っても、実はその一族には多くの種類があるのをご存じでしょうか?

音域の高い順から、

E♭クラリネット:通称「エスクラ」と呼ばれる小さいクラリネットです。ベルリオーズの《幻想交響曲》の甲高いソロが有名。

B♭クラリネット:オーケストラや吹奏楽で使われる標準的なクラリネット。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

 

Aクラリネット:主にオーケストラやソロで使われる楽器です。B♭管はフラット系の曲で、A管はシャープ系の曲で使用されることが多いです。

アルトクラリネット:吹奏楽やアンサンブルで使われます。エスクラの1オクターブ下の音が出ます。

バセットホルン:ホルンという名前が付いていますが、クラリネットの仲間です。モーツァルトの宗教音楽でよく使われています。

バスクラリネット:1メートル程と大きく、低音域を担当する楽器で、B♭管の1オクターブ下の音が出ます。

コントラアルトクラリネット:アルトクラのさらに1オクターブ下の音域を担当します。クラリネット・アンサンブル等でしか見かける機会は少ないかもしれません。

コントラバスクラリネット:最低音域を担当する巨大な楽器です。吹奏楽やクラリネット・アンサンブルで使われます。

とあり、全部合わせた音域は6オクターブ以上に及びます。ピアノが7と1/4オクターブですので、その音域の広さがわかりますよね。

さて、《カヴァレリア・ルスティカーナ》は、コントラアルト(コントラバスで代用可)クラリネットからエスクラまで(バセットホルンは除いて)用いたアンサンブルに巧みにアレンジされており、自衛隊中部航空音楽隊で長年クラリネット奏者を務められた編曲者の吉野さんの経験が生かされた素晴らしいアレンジとなっており、当日は「クラリネットだけでこんな表現ができるとは!」とお褒めの言葉も頂戴しました。

イタリア南部、長靴のつま先部分のその先に浮かぶシチリア島を舞台にしたこの作品は、日本語にすると「田舎の騎士道」と訳されます。シチリア東部の街カターニア出身のジョヴァンニ・ヴェルガの短編小説集『田舎の生活』(1880)が原作で、ヴェルガはヴェリズモ(写実主義あるいは真実主義)文学の代表的作家として知られていました。そのため《カヴァレリア》もヴェリズモ・オペラの代表作として語られています(もう一つ並べられる代表作はレオンカヴァッロの《道化師》)。

復活祭の一日に起きる男女間の恋愛のもつれ、不義と嫉妬に由来する決闘を描いた作品で(オペラでは決闘の場面は直接には描かれていません)、数々の名曲・名アリアに彩られています。〈前奏曲とシチリアーナ〉のほか、最も知られているのはオーケストラだけで演奏される〈間奏曲〉でしょうか。本編が始まってすぐの女性合唱〈オレンジの木々が香り〉はシチリア島名産の柑橘類が登場し、その生き生きとしたメロディーから本当に爽やかな香りが漂ってくるかのようです。

主人公のトゥリッドゥの母親ルチアは居酒屋(オステリア)を営んでおり、トゥリッドゥはフランコフォンテにぶどう酒を仕入れに行っているということになっています(その実、村で見かけたという証言が出てきますが)。

トゥリッドゥの元恋人ローラと結婚した馬車屋のアルフィオがルチアに「この前のワインはあるかな?」と尋ねるシーンも出てきたり、復活祭のミサのあとで、乾杯の歌〈万歳、輝くグラスの中で泡立つぶどう酒!〉が歌われたりします。

シチリアは古来よりワインの産地としても栄えており、西部のトラーパニ県アルカモの白ワインが知られています。カタラット、グリッロ、インツォリアといったシチリア固有の品種が栽培されており、これらの白ブドウから酒精強化ワインである「マルサーラ」が造られています。18世紀後半にイギリス人移住者ウッドハウスらによって産み出されたこのお酒は、ティラミスを作る際にも使われます。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(2)

 

赤ワインはネロ・ダーヴォラが島の全域で栽培されています(アーヴォラは島の南東部シラクーザ県にある町です)。また、最近は島の北東部エトナ山の麓で栽培されるネレッロ・マスカレーゼという品種にも注目が集まっています。同じく土着品種のネレッロ・カップッチョとブレンドされることが多く、果実味あふれる香り高いワインとなります。

ところで、乾杯の歌〈万歳、輝くグラスの中で泡立つぶどう酒!〉で歌われているワインはどんなワインだったのでしょう。カラヤンのミラノ・スカラ座の映像を見ると、赤ワインが使われています。原文を読むとil vino spumeggianteとあり、発泡性のワインのようですが、赤とも白ともわかりません。イタリアには「ランブルスコ」という微発泡性赤ワインがありますが、これはシチリアから遠く離れたエミリア・ロマーニャ州で造られるワインです。当時、どれほどの流通があったかわかりませんが、シチリアの田舎で飲まれていたとはちょっと考え難いです。醸造過程でバトナージュと呼ばれる攪拌作業を行わず、二酸化炭素が抜けきらずに残っていたワインがあったのでしょうか。

さて、オペラはその後、トゥリッドゥがアルフィオに酒を勧めるが拒否される緊迫したやり取りを経て、母ルチアに別れを告げる〈母さん、この酒は強いね〉というトゥリッドゥの絶唱へと、ワインが重要な役割を果たしつつクライマックスを迎えます。

 

 

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Text&Photo(ワイン):野津如弘

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