第二回 シベリウスとマルスキン・リューップ【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】


春が訪れ、気温も上がってくると、我々酒飲みにとって楽しみなのは屋外で飲むことです。冬の寒い日に、暖かな室内でじっくり静かに飲む酒もうまいですが、春の陽気は普段あまり酒を飲まない人たちの気分をも開放的にさせて、この時期は酒飲み仲間が一気に増えます。去年・今年はコロナ禍で静かなお花見になってしまいましたが、本来であれば大勢でワイワイと飲む酒がとても楽しい季節です。

第二回 シベリウスとマルスキン・リューップ

 

冬の長いフィンランドでは、なおさらのこと人々は遅い春の訪れを首を長くして待っています。4月はまだまだ寒く、5月1日のメーデーの頃にようやく暖かくなってきます。この日は「ヴァップ」と呼ばれる祝日で、学生たちは酒を飲んで大騒ぎをし、大人たちは公園でピクニックをして酒を飲み……と、冬の間の鬱憤を一気に晴らすかのようにみんな外に出て、春の到来を祝います。

ヴァップの語源は「魔女の宴=ヴァルプルギスの夜」にあるようです。しかし、現在のフィンランドではそのようなおどろおどろしいイメージはなく、どちらかというと純粋に「春のお祭り」といった雰囲気です。前夜祭では、ヘルシンキの港にあるハーヴィス・アマンダの像に水をかけ、白い学生帽を被せるセレモニーが執り行われます。そして、ヴァップ当日には、街はこの白い帽子を被った人たちであふれかえり、学生たちは各大学オリジナルのつなぎ(オーバーオール)を着て通りへ繰り出します。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

▲シベリウスが常連だったバーがある1887年にオープンした
フィンランドを代表する老舗ホテル・カンプ

 

僕がシベリウス音楽院の入学試験を受けるため、フィンランドへ着いた日が、なんとこのヴァップ当日! 街中、酔っ払いであふれるお祭り騒ぎを目の当たりにして、「なんてところへ来てしまったんだ!」と衝撃を受けました。もっとも、数日後に行われた入試に運良くパスした僕は、翌年からこのどうしようもない酔っぱらいの一人となったのですが……。

このようなわけで、僕のフィンランド人に対する第一印象は「酔っぱらい」(失礼!)。そして、フィンランドを代表する作曲家のジャン・シベリウスも「酔っぱらい」でした。

よく引き合いに出されるのが、画家ガッレン=カッレラが描いた《シンポジオン》という作品です。シベリウスのほか、作曲家のオスカル・メリカント、指揮者のロベルト・カヤヌス、そしてガッレン=カッレラ自身という若い芸術家たちが酒を飲みながら議論を戦わせている様子というより、飲酒と議論の果てにすっかり出来上がっている様子が描かれています。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(2)

ガッレン=カッレラの《シンポジオン》
(出典:Wikimedia Commons

 

絵が描かれたのは1894年。シベリウスはもうすぐ30歳、結婚二年目、二人目の娘が産まれようとしていた時のことでした。家庭を顧みずに友人たちと飲酒に明け暮れていた若き日のシベリウスですが、次第にシンポジオンの仲間たちはそれぞれの道で頭角を表していきます。シベリウスも1893-95年に《レンミンカイネン》組曲、1899年には交響曲第一番、そして交響詩《フィンランディア》と名作を次々と発表し、フィンランドを代表する作曲家としての名声が国内外で高まっていったのでした。

 

~今月の一曲~


ジャン・シベリウス作曲 交響詩《フィンランディア》作品26

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(3)

 

スウェーデンとロシアに挟まれたフィンランドは、長く両国間の緩衝地帯として苦難の歴史を歩んできました。

12世紀の北方十字軍以来、長らくスウェーデンの支配下にあったフィンランドでしたが、1809年にはロシア軍によって全域が占領されてしまいます。フィンランド大公国として一定の自治権は認められたものの、今度はロシアの支配を受けることになりました。

ヨーロッパ各地で民族主義が勃興する中、1899年にロシア化政策により自治権が剥奪されると、フィンランドでもナショナリズムは一気に高まります。同年11月に、ロシア批判を展開していた新聞社主催でフィンランドの歴史を愛国的に描いた劇が上演され、その伴奏音楽をシベリウスが担当しました。

劇は神話《カレヴァラ》に発するフィンランドの歴史をたどり、第六幕目(最終幕)「フィンランドは目覚める」において、独立心の芽生えを描いています。この最終幕を改訂したものが現在《フィンランディア》として知られる作品です。

苦難に満ちたフィンランドの歴史を感じさせる重々しい序奏に始まりますが、力強い戦闘のテーマを経て、後に歌詞が付され「フィンランディア賛歌」と呼ばれることになる美しい中間部へと至ります。1941年に詩人コスケンニエミによって書かれた詞は、「フィンランドよ、目覚めよ、夜明けは近い」という内容で、今でも独立記念日である12月6日に第二の国歌として歌い継がれています。

<シベリウスと劇音楽>

この歴史劇の中から、《フィンランディア》以外の音楽のいくつかは、後に組曲《歴史的情景》第一番としてまとめられました。交響曲やヴァイオリン協奏曲で有名なシベリウス ですが、意外にも多くの劇音楽を作曲しています。そして、どれもがシベリウス独特の響きを味わえる名作揃い。とりわけ有名なのはアルヴィド・ヤーネフェルトの戯曲に付けられた《クオレマ(死)》でしょう。第一曲目は「悲しきワルツ」、第三・四曲目は「鶴のいる風景」として独立して演奏される機会も多いです。ちなみに、シベリウスの夫人アイノはアルヴィドの妹。兄弟には画家・音楽家もおり、芸術一家として知られていました。

 

 

~今月の一本~

 

マルスキン・リューップ(Marskin Ryyppy 「元帥の酒」の意)

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(4)

 

軍人にしてフィンランド第6代大統領を務めたカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイム元帥の名を取った蒸留酒。

フィンランドの歴史同様、マンネルヘイムの軍人人生も複雑なものでした。初めは当時フィンランドを実質的に支配していたロシアの軍人としてスタートするものの、第一次大戦下、1917年の二月革命で帝政ロシアが崩壊し、同年12月6日にフィンランドが独立を宣言すると祖国へ戻り、今度はフィンランドの軍人として活躍を始めます。フィンランド内戦を経て、第二次世界大戦では最高司令官としてソ連軍と激しく戦いました。大戦末期には大統領に就任し、大変困難な国家の舵取り役を務めています。

さて、このマルスキン・リューップのオリジナル・レシピはアクアヴィット1リットルにフレンチベルモット20mlとジンを10ml加えたものと言われています。これだと、かのチャーチルやジェイムズ・ボンドもびっくりの超ドライさです! 当時、品質の良くなかったウオッカに風味づけをして、飲みやすく工夫したと考えるのが妥当でしょう。現在はLignell & Piispanen社製造のものが市販されていますが、日本での入手は困難なようなので、ご自身で作ってみるのも一興かと思います。分量やベースのアクアヴィットの種類などはぜひ自由にアレンジして、よく冷やしたショットグラスでお飲みください。

合わせる料理はザリガニがおすすめ! フィンランドやスウェーデンなど北欧諸国では夏になるとザリガニ・パーティーを開いて短い夏を祝います。みんなで乾杯の歌を歌い、酒を飲み、塩茹でしたザリガニを食べるという夏の風物詩です。白夜でいつまでも沈まない太陽を眺めながら、乾杯の歌を歌い、アクアヴィットをあおり、ザリガニを食べる。また乾杯の歌を歌って、杯を空け、また一尾……。非常に盛り上がるとても楽しいパーティーなのですが、これがエンドレスに続いていき、次第に一人また一人と酔い潰れて脱落していく体力勝負のパーティーでもあります。

 

 

←前の話へ          次の話へ→

 


 

Text&Photo:野津如弘

  • 1 (このページ)
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5