エリートドラマーの育て方~手数王・菅沼孝三のドラム教育論


「手数王」の異名を持ち、昨年ドラム歴50周年を迎えた日本を代表するドラマー菅沼孝三。自らが主宰する「ドラム道場」を全国7カ所で展開するほか、講師として音楽大学や専門学校で教鞭をとり、有望な若手ドラマーを次々と世に送り出している。その長いドラム人生を振り返りながら、菅沼流教育論やドラムの未来について語ってもらった。

ドラマーの層が厚くなった昨今は「ドラマー戦国時代」


―昨年11月にリリースされた活動50周年記念アルバム「ドラム・パラダイス」では、タイトル曲でお弟子さんたちと共演されていますよね?

はい。8歳から僕のところへ来ている川口千里ちゃんや平陸くん、Tスクエアの坂東慧くん、娘のSATOKO が参加していて、曲の中でドラムのソロまわしをやっていますよ。みんな素晴らしいプロドラマーです。


生徒さんの中にはほかにも、広島県の天才ドラマーとらたろうくん(6歳)はネット上で、すでに有名ですね。5歳のときから教えている福山の小川友希ちゃん(14歳)はアメリカのドラムコンテスト「ヒット・ライク・ア・ガール2018」に出場して、18歳未満の部で優勝しました。


9歳のCHITA(在間千旅)ちゃんは通販会社「OTTO」のドイツ版CMにドラム演奏で出演していますしね。英語も堪能で、天才的に手足が動くんです。島村楽器とヤマハで共同開発した電子ドラム「DTX482K」の発売告知動画では、僕といっしょにCHITAちゃんはじめ、天才キッズドラマーたちに出演してもらいました。


―菅沼さんがスティックを持ったのも、幼少期からだとか。

ドラムをやりたいと思ったのが幼稚園前で、初めて叩いたのが8歳でしたね。GSブームのころ、近所の工場でドラムを叩いていたお兄ちゃんが、興味深そうに見ている僕にドラムを教えてくれて。1週間後にはお兄ちゃんよりも上手くなっていましたね(笑)。

昔は、天才キッズドラマーは「その時代に1人」でした。僕がそう言われた後の時代は、11歳でプロになったジャズドラマーの奥平真吾でね。でも今はキッズドラマー戦国時代。「ドラム道場」にはプロを目指すような天才キッズドラマーが、年齢ごとにいますね。エレクトリックドラムの売れ行きもいいですし、学校教育の現場でも和太鼓が当たり前にとり入れられている。昔に比べてドラムを含め、打楽器演奏者の層は厚くなりました。

―子どもの習い事も多様化して、そのひとつとして認知されているのですね。​​​​​​​

そうですね。今はさまざまな音楽教室がありますよね。都会では一般の家庭でドラムの練習はハードルが高いですが、安く借りられる練習スタジオもたくさんありますしね。​​​​​​​

自分が子どものころは、ドラム教室といえばジャズしかなくてね。最初は河瀬勝彦という先生のところへ行きました。ロックやポップスを教えてくれるところはなかったんです。先生が海外から教則本を取り寄せ、先生の勧めるLPを買いに行って聞いていましたよ。小学生でアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズやエルビン・ジョーンズを聞いて叩いていましたからね。教則本で勉強し、あとは「こんな風に叩きたいな」と思ったら耳コピで譜面に書き起こしていました。​​​​​​​18歳頃からは現在大阪の『アロージャズオーケストラ』に在籍されている中嶋俊夫先生に師事してジャズのコンボのスタイル、ビッグバンドのスタイル、ラテン、ダンスナンバーに至るまで教えていただきました。このころ教わった楽譜の解釈や、初見能力をアップするエクササイズのおかげで今の僕があると言っても過言ではありません。

 

ドラマーの層が厚くなった昨今は「ドラマー戦国時代」(1)

 

―天才キッズドラマーから、プロになった経緯を教えてください。

大きな声では言えませんが、10代前半からドラムを叩いてお金はもらっていました。結婚式で演奏したり、キャバレーのビッグバンドなんかで夜中じゅう叩いてね。いわゆる〝ハコバン″です。坊主頭だったからカツラかぶって(笑)。高校生のとき、学校との両立がしんどいので当時のドラムの先生に相談したら「プロになるのかならないのか、決めなさい」って言われて。とりあえず流れで「なります!」と答えたら、先生がスーツをくれましたね。結局は、河瀬先生に始まり9人の先生に師事しながら現場で経験を積み、自宅に防音室を作って「教えてほしい」という人にドラムを教え、高校生でプロになったというわけです。今までたくさんの人たちに助けられてきました。だから高校は中退です。でも今は、大学で生徒に教えていますけれどね(笑)。​​​​​​​

 

人の3倍練習をして熱意があれば技術は向上する

人の3倍練習をして熱意があれば技術は向上する(1)

 

―「ドラム道場」を開いたのは、ドラマーの人材育成に力を入れたかったからですか?​​​​​​​

いえ。そんなに堅苦しいことではなくて、ご縁のあるところからドラム教室開催の依頼があったからです。河瀬先生が教室を「道場」と呼んでいたのでそう呼ばせていただきました。​​​​​​​

90年代にヤマハ渋谷店で開いた道場が最初でした。そのころはいわゆる〝ドラムおたく″の20代前半の男性が多かったですね。楽器店に入り浸ってドラムのカタログを全部知り尽くしている、でもお金がないから買えない、みたいなね(笑)。ある時期から子どもや高校生、大学生が増えていましたね。川口千里ちゃんが13歳のときにあげた動画が「けいおん!」の曲で、それで有名になったこともあって、アニメからドラムの世界に入ってくる人が増えたかもしれません。​​​​​​​


「うちの子をプロドラマーにしてください」とおっしゃる親御さんがいたり、また、エクストリーム・メタルで使う手足の高速連打奏法をやりたいという人もいたり、求めるものはバラバラ。バンドや人前で披露することが目的ではなく、1人で叩くだけでOKという、いわゆる「ペーパードラマー」を希望する人もいますよ。

でも基本は、特定のジャンル・奏法だけではなくて、広い視野でドラムを勉強してもらいます。そのうえで、自分に合ったものをやればいいと思うんです。当道場は生徒さんのレベルでクラス分けをせず、性別や経験、年齢などを問わずみんなで楽しく仲良くドラムを叩こう! がモットーです。

 

「ドラム道場」の練習風景。

「ドラム道場」の練習風景。基本のルーディメンツから応用まで、時代に合った曲を使ってレッスンが行われる。

 

―ドラム人口が増えたということでしょうか?

今は少子化もあるのでしょうが、音楽の専門学校などが軒並み閉校する中、ドラム科には生徒が集まるんですね。ドラム人口自体は増えてはいませんが減っておらず、現状維持ですよ。ギタリストは全盛期の10分の1に減っているのに。

―教え子たちの中から、プロドラマーがたくさん輩出されているのはなぜだと思われますか?

さまざまな人たちが集まった中に、プロになれる素質の人たちがいた…。ということじゃないでしょうか? 天性のリズム感を持った人はいます。

―では、やはり生まれ持った素質が大きいのでしょうか?

それは否定できないですね。でも素質だけでないことは確かです。技術は「ドラムが好き」という熱意や練習量でいくらでも向上させることができます。またお子さんの場合は、親の協力は欠かせません。

あと大事なのは、場を盛り上げる人間性です。ドラマーは指揮者を兼ねているところがあるから、自分のことだけではなくて全体を見る力があるかどうか。もうひとつは営業力かな。プロはやはり消極的、内気だとダメ。ガツガツ仕事をとってこないと。欲がないといくら技術が高くても生き残れません。​​​​​​​

僕はね、ドラマーの大御所って引退すると信じていたんですけれど、引退しないんですよ(笑)。世代交代がない! 年齢とともにハードなことはできなくなるけれど、いいビートが叩けるようになるんですよね、ドラムって。だからある意味、若手のチャンスが少ないのかもしれません。​​​​​​​

 

ドラムは簡単な楽器。リズムは原始的で人間の本能だから。

ドラムは簡単な楽器。リズムは原始的で人間の本能だから(1)

ドラムは簡単な楽器。リズムは原始的で人間の本能だから(2)

 

―そうするとやはり、その人のオリジナリティが必要ですか?​​​​​​​

ドラムを叩く上で、オリジナリティはもちろん必要ですが、最初は人のコピーでもいいと思います。僕のフレーズをめっちゃ叩いてくれる千里ちゃんもいますが(笑)、僕の手数を見て反省して、グルーヴ中心のプレイになる子もいますしね。

僕はビリー・コブハムやトミー・キャンベルなど自分が憧れるプレーヤーのフレーズをコピーしてきました。それは「同じフレーズ」であるというだけで、音はそれぞれ違ってきますよね。モーツァルトの曲をいろいろなピアニストが弾いても全部同じにはならないでしょ? そこが楽器のおもしろいところですよね。ドラムのフレーズは世界の財産。ドラマーはみんな影響し合っているんですよ。​​​​​​​

 

ドラムは簡単な楽器。リズムは原始的で人間の本能だから(3)

「ドラムは、ショー的な要素がないとおもしろくない」と語る菅沼氏。トリッキーなアクションを交えながら難解フレーズを叩きこなす様は、さすが師匠!

 

―ドラム人口が減らない理由は、何だと思いますか?

簡単な楽器だからですよ。世の中の音楽の8割は8ビートです。かなりの人が8ビートは簡単に叩けると思います。楽器店に入ったら、コンガなんかをみんな通りすがりにポンポンって叩いていくでしょう? リズムって原始的で、人間の本能でもありますよね。「ちょっと遊ぼうぜ」くらいの気軽な気持ちでやれてしまうところが魅力だと思います。​​​​​​​

―現役のミュージシャンとして、先生として多忙を極める中、今後はどのようにドラムの魅力を伝えていきたいですか?​​​​​​​

横浜の本校で発達障害と診断された生徒さんを教えていたことがあるのですが、不思議なことにドラムはセラピー的な効果があるんですよ。不登校で、ギリギリなところで日常生活を送っているような小学生の子が、ドラムだけは教えれば叩くんです。別の発達障害の生徒さんでドラムの先生になり、今では20人ほどの生徒をとって教えている人もいます。治療とは言いませんが、ハンデのある人がドラムに触れることによって、どこまで機能を取り戻していくのか。僕のひとつの挑戦として、これからも取り組んでいきたいことではあります。​​​​​​​

 

DRUM PARADISE

『DRUM PARADISE』キングレコードより発売中。タイトルナンバーではSATOKO、川口千里など4名の菅沼DNAを受け継ぐ4名の若手ドラマーが参加。プログレ、ハードロック、ジャズ、ラテンなど今までの集大成的フュージョンアルバムに仕上がっている。

mysoundで試聴

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【Profile】

菅沼孝三

1959年、大阪生まれ。8歳でドラムをはじめ、15歳でプロデビュー。国内外の有名アーティストのスタジオワーク、コンサートツアー、セッションに参加。ドラムスクール「菅沼孝三ドラム道場」たまプラーザ本校を含め全国7カ所で開催。ドラムや打楽器の教則本、DVDを多数リリース。2018年11月、アーティスト活動50周年を迎え記念アルバム「ドラム・パラダイス」を発表。これまで5枚のソロアルバムをリリース。高速連打、変拍子、トリックプレイを駆使した独自のプレイスタイルで「手数王」の異名をとる。昭和音楽大学、音楽学校メーザーハウス、大阪キャットミュージックカレッジ専門学校講師。
 

●オフィシャルウェブサイト
http://www.kozosuganuma.com/

 

 

Photo:冨田 実布
Text&Edit:兼子 梨花