日々是鍛錬 ~私の練習遍歴:Hello,Wendy!編~

日々是鍛錬 ~私の練習遍歴:Hello,Wendy!編~
ニューウェイブやクラシックなどを取り込んだ、オリジナリティ溢れる音楽で話題の4人組女性グループHello, Wendy! 。異なる楽器が合奏するバンドと違い、彼女たちはシンセサイザー奏者が4人という独自の編成だ。リズムがない楽曲やクラシックの名曲をテーマにするなど、個性的なスタイルで聴き手を驚かせるような音楽を提供している。シンセサイザー・カルテットという特殊な編成にとって、必要な楽器演奏のテクニックとはどういったものなのか? ここでは大野由美子とAZUMA HITOMIに、Hello, Wendy!ならではの演奏技術について話を聞いた。

音の長さをピッタリ合わせないとバラバラに聞こえちゃう

─Hello, Wendy!をはじめるにあたって、鍵盤演奏という視点でどんなところに難しさを感じましたか?

HITOMI:
最初に難しさを感じたのはバッハの曲「ブランデンブルグ協奏曲第3番ト長調」を演奏したときですね。私はピアノを習ったことがなくて、滑らかに指を動かす練習をしたことがありませんでしたから。

大野:このあいだも指捌きの練習したんだよね。

HITOMI:何も知らない人だと、例えばドを4回連続して弾くときに同じ指で弾いちゃうと思うんですけど、ピアノを習った人だと人差指~中指~薬指って弾くとか。ドレミファソラシドを弾くときも、途中で指をくぐらせて弾くとか。そういうピアノ演奏の基本的なことが必要とされる曲があるので、基礎に戻った練習を今になってやっています(笑)。


─シンセのプレイヤーって、そういう演奏の基礎練習みたいなことはあまり重視していないんですね。

大野:
あんまりやらないと思うよ。シンセってコードとか、あとは簡単なメロディとかを弾くことが多くて、クラシック・ピアノみたいに複雑なメロディを弾いたりすることってほとんどないから。

HITOMI:今まで演奏に関しては自分が作った音楽を再現できればそれで良かったんです。でも、Hello, Wendy!をやるようになって、譜面を見ながら弾く必要が出てきて。しかも、これまで私がやっていたコード譜くらいなものじゃなくて、メロディまでしっかりと書き込まれた譜面を見ながら弾くことに、最初はちょっと戸惑いました。今ではみんな自分で書いてきた曲をパート譜まで作って、メンバー全員に渡すようになりましたけど。

─各パートではどんなふうに役割を分担しているのですか?

大野:
ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」だと、例えばコードはマイカ(ルブテ)ちゃんが得意だし、HITOMIちゃんはメロディもベースも弾ける、(新津)由衣ちゃんは優しいメロディ……みたいに、それぞれが得意な役割を分担させることが多いかな。ラヴェルの曲は私がオンドマルトノでメロディを弾かなきゃいけなかったから、それを念頭において元のピアノ用の譜面を分解して再構築しました。面白かったですね。

─大野さんは普段から音楽を作るときも、譜面で書いたりする場合が多いのですか?

音の長さをピッタリ合わせないとバラバラに聞こえちゃう(1)

大野:私は自分で曲を作るときでも、思い付いたアイデアはとりあえず譜面に書き起こしちゃうことが多いですね。

─Hello, Wendy!のように同じ楽器が4つという編成は珍しいですよね。クラシックの曲も演奏していますし、リズムがない楽曲もあります。4人で演奏するときに、何か意識することはありますか?

大野:
みんなでたくさん練習しないと息が合わないのよね。だからクラブ活動の延長線上みたいな意識はあります。ブラスバンドとか……私は昔、弦楽合奏クラブでヴァイオリンをやっていたりしたから、そんな感じに近いかも。

HITOMI:私はクラシックの合奏経験はなくて、ロックバンドしかやったことはないですけど、Hello,Wendy!もそういうバンドをやっている感覚です。でも、楽器が同じだから音色が似ちゃうということがあるので、そういうときにどう対処したらよいか、意識しています。

─音色のカブリはどう対処しているのですか?

HITOMI:
とりあえず全員で音を出してみて、カブっていると思ったところは指摘して音色のキャラクターを分けていきます。でも、ベース、コード、主旋律、副旋律みたいに、役割とアレンジがはっきり分かれている曲もあるから、そういう場合は音色のカブリは少ないです。

大野:逆に一緒に弾くようなときもあるよね。全員でひとつの和音にしたり、ふたりでひとつのコードにしたり。

HITOMI:そういうときは逆に音色を似せることも必要で、弾くときに音の長さをピッタリ合わせないとバラバラに聞こえちゃう。あとは4人全員が違うシンセを使っているから、音を合わせるときは試行錯誤します。由美子さんが使っているMinimoogは力強い音がするけど、最近のアナログ・シンセだと強い部分がやたら尖っていて、浮いちゃうこともあって……。

大野:シンセによっても個性が全然違うのよね。強い音がするのもあれば、弱い音しか出ないシンセもあるし。でも、そういうシンセによる音の違いも面白いです。たまに困ったことも出てくるけどね。

「DECAYのツマミの設定が、曲に対する私の思い入れ」

─シンセの演奏って音の切れ際が重要ですけど、その辺の演奏やシンセの設定に対して、どんなこだわりを持っていますか?

「DECAYのツマミの設定が、曲に対する私の思い入れ」(1)

HITOMI:シンセって鍵盤から手を離したときに、どのタイミングで音が消えるのかを調整するのも音作りの一貫なので、弾き方にプラスした音色作りと音価を調節するというか。ですからそのへんは、事前にしっかりと仕込んでいます。

大野:例えば、ベースで言うと、音をどう減衰させるかでノリ自体も変わるから、Minimoogでベースを弾くときは、減衰をかなり細かく調整しています。それによって曲の雰囲気も変わるから弾き方も変えるし。ボーンって長いと曲自体がダラっとルーズな感じになっちゃうし、かといって歯切れが良すぎても素っ気なくなったりして。MinimoogだとDECAYっていうツマミをどう設定するかが、私の曲に対する思い入れみたいなものに関わってきちゃうことが多くて。“こういう曲にしたいんだ”っていうね。

─そういった音の切れ具合は、メンバー全員が共通して意識していないと、大野さんが思い描いている雰囲気になるかどうかは、難しそうですね。

大野:
だから、たまに言い合ったりはしているかな。“そこの音が長すぎない?”とか、“ちょっとウネウネし過ぎているね”とか。

HITOMI:例えば、リバーブをかけ過ぎたりすると、ちょっとそこは抑えようとか。でも、曲のイメージはみんなで共有できていますね。

─それを実際に演奏してみると、また変わってきたりとか。

HITOMI:
うん、やってみないと分からないところはあります。合奏してみてから考えるというか。

大野:最初は自分の演奏に手一杯になっているから、あんまり人の演奏が聞こえてこなくて。でも、慣れて余裕がでてくると、“あれ?このパート、こんな音だっけ?”ってなることもあったり(笑)。そこから音色を調整したりはしますね。

─練習の頻度はどれくらいですか?

「DECAYのツマミの設定が、曲に対する私の思い入れ」(1)

HITOMI:こないだは30分のライブセットのために、2日間のリハーサルをやりました。

大野:でも、それはこれまで練習してきたベーシックがあってのことだからね。

HITOMI:レコーディングのときはもっとやりましたね。

─ちなみに先日リリースされたアルバム『No.9』のレコーディングは、どんな風に進めたのですか?

大野:
せーのでみんなで演奏して録りました。だから曲によっては録りの前に2~3日リハーサルした曲もあります。

─録音で苦労した曲はどれですか?

HITOMI:
No.9」ですね。この曲で私はボコーダーを担当したのですが、ボコーダーってエフェクトがうまく反応するタイミングを計るのが難しくて、しかもドイツ語で歌わなきゃいけなかったので、ハードルが高かったです。

大野:私は「Katysha」かな……これは私の頭のなかにあったアイデアを具現化した曲です。1950年代のテープ・ミュージックみたいな雰囲気にしたくて、アトムの足音みたいな音でリズムを作って、メロディやベースを弾いて重ねていって、途中でHITOMIちゃんとマイカちゃんにソロを弾いてもらって。

HITOMI:由美子さんが多重録音しているのを袖で見ていて“あ、呼ばれた!”って感じでソロを弾きにいきました。そういえばこの作品のレコーディングでは、4人の演奏ではクリックは使いませんでした。

4人で一緒に弾いても、全部で4つの音しか出ていない

4人で一緒に弾いても、全部で4つの音しか出ていない(1)

─その辺もクラシックっぽいというか、四重奏的な感じですね。

大野:
そう。私も昔クラシックやっていた頃は、あまりリズム感が良くなかったと思う。

─そうなんですか? 確かにクラシック上がりの人って、リズムが苦手な印象もありますが、大野さんにそんな感じはまったくありませんけど。

大野:
ハバナ・エキゾチカの時代にヤン(富田)さんに鍛えられたんです。ベースをこのドラムの前つきで弾くとか、後ろつきで弾くとか、1曲を1日かけて練習しました。私は意識していないと前のめりになっちゃうから、クリックをちゃんと聴いたほうがいいなって思っていて。でも、最近ジェフ・ミルズと一緒にバンド(Spiral Deluxe)をやっていると、タイム感が同じだから、なんだか安心しちゃったり(笑)。

HITOMI:私はドラムがあるバンドだと、前とか後ろっていう感覚はでてくるけど、Hello, Wendy!で、自分が出すべきタイム感というのはあまり意識していないですね。このメロディを弾くときは少し前気味のタイミングだとうまく聞こえるかなとか、そういうのはありますけど。

─リズム感を鍛えるために、クリック練習をしたりとかは?

HITOMI:
私が自分の音楽をやるときはテクノだし、そもそもクリックありきの音楽だから、それに合わせる練習はしないですね。

大野:でも、こないだHello, Wendy!で「ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調」をやったときは、けっこう難しい曲だからなかなか合わないパートがあって、クリック聞きながらまずゆっくりのテンポで弾けるようして、そのあとで想定しているテンポよりも早くして練習して、最終的に理想的なテンポで弾けるようにしました。

HITOMI:あの練習はすごく理に適っていると思いました。みんなめっちゃ上手く弾けるようになったし。

─今でもよくやっている鍵盤の練習ってありますか?

4人で一緒に弾いても、全部で4つの音しか出ていない(2)

大野:鍵盤って弾いてないと手の筋肉が衰えるから、昔やっていたピアノの練習曲を今でも弾きますね。ショパンとかラヴェル、ドビュッシー、バッハとかね。あと、以前にパイプオルガンでバッハを弾く機会があって、オルガンって指使いに決まりが少なくて自由なんだけど、鍵盤から指を引き上げる動きが大事で。隣の音を弾く前にちゃんと指を引き上げてから弾くっていう。そういうことってピアノでもあんまりしたことがなかったんだけど、これがシンセを弾くときにすごく応用が効くことが分かって。

─つまり、音のキレが良くなるんですか?

大野:
そうそう。一音ずつのアタックがはっきりして、ひとつひとつの音が聴きやすくなるのよね。オルガンって強く弾けば大きい音が出る楽器じゃないし、特にパイプオルガンって笛みたいなもので、指を引き上げることでニュアンスを作るのが大事みたい。音ひとつひとつの粒を大切にする弾き方と、長めに弾くテヌートという弾き方を組み合わせることをパイプオルガンから学んだけど、それはシンセの弾き方にも応用できますね。

HITOMI:それを由美子さんに教えてもらってからは、音の存在感がすごく増しましたね。「ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調」は主旋律を弾く人がどんどん変わっていきますが、次の人にちゃんと受け渡すように意識して弾くことも、大野さんに教わりました。

大野:やっぱり4人一緒に合奏しているから、弾いているパートを次の人に受け渡す意識を持つと不思議とうまくいくの。それによって気持ちが入るからおざなりな演奏にならないんだと思う。


─Hello, Wendy!をやるようになって、HITOMIさんが鍵盤奏者として得たものは何でしたか?

HITOMI:
たくさんありますけど、やっぱりシンベかなぁ。由美子さんの演奏をみてシンセでも普通のベースみたいに自由な演奏ができるって思ったんです。さっきも話に出た「亡き王女のためのパヴァーヌ」で、由美子さんの代わりに私がシンベを弾いていたんですけど、それがきっかけで自分がシンベを弾きながら歌うバンドを結成しました。シンセっていろんな音色が出せてどんな役割もできるし、それに合わせた弾き方のバリエーションもたくさん知ることができました。あとはオケがなくて、自分が弾いている演奏だけが丸裸にされた状態に耐えうる勇気を得たと思います(笑)。

─大野さんはどうですか? 得たものよりも、与えるものが多い立ち位置かもしれませんが。

大野:
このバンドで私はお母さん役だからね(笑)。でも、昔にやっていた弦楽合奏クラブの雰囲気が蘇ってきたりはしました。それに同じ楽器で4人で弾くっていうことっていいなって思ったし、リズムがないぶん、全員で息を揃えて合奏するのって、生身勝負な感じもして面白いから、Hello, Wendy!の活動はけっこう気に入っていますね。

HITOMI:曲によっては4人全員がずっと弾いているわけではなくて、実はここは2人しか弾いていないよね、というような部分でもちゃんと音楽が成り立っていて。そういうところに私はいつも感動しています。シンプルなんだけど厚みがあるっていうか。

大野:ひとりひとりが弾いていることは簡単だけど、空間を全員で感じて気持ちを揃えてないとうまくいかない。でも、こういうことって、本当は誰にでもできるんじゃないかなって思います。ピアノが弾けなくてもできるし、そういう意味ではニューウェイブのバンドみたいなものかな。楽器がまともにできない人がセンスで勝負するみたいなところとかね。Hello, Wendy!は4人で一緒に弾いても、全部で4つの音しか出ていない時もあるけど、それでも成り立っているから、シンプルでもカッコイイことはできるってことを、証明できているんじゃないかなって思っています。



Hello,Wendy!
  • バッファロー・ドーターの大野由美子をリーダーに、マイカ・ルブテ、AZUMA HITOMI、新津由衣という宅録女子3名が加わり結成されたシンセサイザー・カルテット。2014年、ファースト・アルバム『Hello,Wendy!』をハイレゾ配信のみでリリース。オリジナル曲に加え、世界で初めてコンピューターが歌った曲として知られる「Daisy Bell」、ベートーヴェン、バッハからクラフトワークまで、電子音楽の歴史をなぞるようなカバーを、アナログ・シンセの音色と、4名の個性あふれる歌声を研ぎ澄まされたアレンジで発表している。2018年5月、待望のセカンド・アルバム『No.9』をリリース。
    • No.9/Hello, Wendy!

      ハイレゾアルバム

      3,600

      No.9
      Hello, Wendy!
  • 大野由美子

    https://twitter.com/hellowendymusic

    ライブ情報などは、twitterをチェック!
    パリ在住アーティストDamien Poulainの手がけたTシャツなどオリジナルグッズも好評発売中。


    Text&Movie:伊藤 大輔
    Photo:堀田 芳香
    Edit:仲田 舞衣

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