【新連載】C'est bon!~クラシック名曲つまみ食い vol.1 ドビュッシー ~“印象派”と呼ばないで~

【新連載】C'est bon!~クラシック名曲つまみ食い vol.1 ドビュッシー ~“印象派”と呼ばないで~
今月より新連載「C'est bon!~クラシック名曲つまみ食い」がスタート! こちらの連載では、各回ごとにさまざまな作曲家を取り上げていき、名曲や珍曲とともに、彼らの知られざる一面をご紹介したり、ある一面を掘り下げたりしていきます。美しく、そして時には毒のある数々の作品を楽しんでいるうちに、いつの間にかあなたも“クラシック通”になっているかも!?

今回は記念すべき第1回ということで、今年没後100周年を迎えたクロード・アシル・ドビュッシー(1862~1918年)を取り上げます。皆さんがドビュッシーと聞いて思い浮かべる曲は何でしょうか? 「アラベスク」に「月の光」、「亜麻色の髪の乙女」、「牧神の午後への前奏曲」……このあたりが多く挙がるかもしれません。少なくとも、名曲コンサートやコンピレーション・アルバム、オムニバスCDなどには、これらの曲がよく並びます。美しい旋律、思わずうっとりしてしまうような甘い響きなどが魅力的です。

細かい音型の連続、やわらかくてどこか曖昧さのある旋律といった特徴を持つことから、対象物を見たときの光や色彩を描いたモネやマネ、セザンヌらの作品との共通性を見出され“印象派”と呼ばれることが多いドビュッシー。ですが、じつは彼自身はそう呼ばれることを嫌っていました。ドビュッシーは作曲について「ただ、自分が抱く感覚と感情とを、できるだけ誠実に表し出そうと努めているだけです」と言いきっています。そんな彼の、詩のなかのすべてを描き出そうとするような作曲手法は、感覚や印象を超え、人間の無意識下にある普通では知覚し得ないものを聴く人へと翻訳するかのようです。今回は歌曲を扱い、ドビュッシーの作品をあらためて見直すきっかけをお伝えしたいと思います。

“言葉”への強い興味と憧れ

♪Nuit d'etoiles(星の夜)

ショパンの名曲から2曲をご紹介します。冒頭で挙げたドビュッシーの代表曲は器楽曲や管弦楽曲でしたが、彼はたくさんの歌曲も書いています。しかも最初に世に出た作品も歌曲だったのです。それがこの「星の夜」。18歳になる頃には書き上げていたとされるこの作品は、主観性より客観性、そして詩の形式美を重視した“高踏派”の詩人、テオドール・ド・バンヴィル(1823~91年)の詩に付曲されたもの。星のきらめきやハープを思わせる軽やかなピアノにのせて、優しくメロディが歌われていきます。当時歌曲が流行していたこと、音楽家としてのキャリアの最初が伴奏者であったことなど、“状況”が彼を歌曲創作に導いたともいえますが、“言葉”への強い興味、憧れといったものが彼を駆り立てたのでしょう。ピアノ・パートはあまり大きな変化を見せないので非常にシンプルな印象を与えますが、最初から最後まで耳の離せない鮮烈な輝きを放つ作品です。
余談ですが、さそうあきらさんの漫画『神童』にもこの曲が登場しています。メイン・キャラクターが、のちに恋人となる歌手の歌うこの曲を聴いて衝撃を受けますが、物語では歌手の声に対しての衝撃がクローズアップされていたものの、実際には楽曲の放つ鮮烈な印象も大きな理由になっていたはずです。

  • ♪『Ariettes oubliees(忘れられた小唄)』より

    言葉そのものがもつ響きや色、そこから連想されるものや裏に隠されているものを利用することで内面的なものを暗示しようとした“象徴派”の詩人、とくにポール・ヴェルレーヌ(1844~96年)の詩にドビュッシーは傾倒しました。ヴェルレーヌの詩は、音楽的な抑揚と、多彩なイメージの喚起があって、多くの作曲家たちにインスピレーションを与えています。ドビュッシーはヴェルレーヌのテクストと出会うことで、詩に示された細かな暗示も明確に音楽化する手段を得たのです。『忘れられた小唄』は、ドビュッシーの音楽にどこか“肉感的”なものを感じさせる独自の表現が結実した作品で、「ベルギーの風景:木馬」はメリーゴーランドが回る様子や日が暮れるなかで響く教会の鐘の音色などを表現しています。この曲では“語るような”歌の魅力が存分に楽しめます。「グリーン」は、軽やかでありながら、聴いた瞬間に色彩豊かな情景が見えてくるような序奏が印象的です。跳躍が多くはずむようなメロディ、心のときめきを表すような細かい刻みが特徴的なピアノによって、幸せいっぱいの恋人たちの情景が描かれています。

    IV. Paysages belges.Chevaux de bois(ベルギーの風景:木馬)
  • V. Aquarelles - I.Green(グリーン)

詩の美しさと毒々しさ、虚無感を暗示した作品

♪『5 Poemes de Baudelaire(ボードレールの5つの詩)』より

ドビュッシーはリヒャルト・ワーグナーの影響を強く受けていましたが、この作品を書いた頃、ドビュッシーはもはや独自の色彩感にあふれた作風を確立していました。美しさと毒々しさ、アンニュイな雰囲気を漂わせたシャルル・ボードレール(1821~67年)の『悪の華』からテクストをとったこの作品は、詩の放つ光と影、妖しさといったものを見せてくれます。「夕暮れのハーモニー」は刻々と、そして静かに移り変わっていく和声によって詩に漂う“虚無感”を象徴的に暗示しています。「噴水」は静寂が曲全体を支配し、抑制された書法のなかで、揺れ動くリズム、半音階と全音階を織り込み紡がれていくピアノ・パートに支えられた歌唱旋律は、言葉を静かに、しかし強い密度をもって語っています。

II.Harmonie du soir(夕暮れのハーモニー)
  • III.Le jet d'eau(噴水)

  • ♪『Proses Lyriques(抒情的散文)』より

    文学を深く愛したドビュッシーは、ベルギーの詩人で劇作家、モーリス・メーテルリンク(1862~1949年)の戯曲『マレーヌ姫』の上演に接し、強く共鳴しました。メーテルリンクの作品には音の数や文字数に一定のパターンがなく、韻も踏まない、自由な形式で書かれていて、ドビュッシーはその影響のもと、自由な形式の自作詩で歌曲を作曲したのです。決まったルールからは解放され、喚起されるイメージと音とが密接に結びつくことで、ドビュッシーのなかで広がるイメージが次々と浮かび上がってくるようです。「夢」は増音程によって形作られたアルペジオが移ろいゆく夜の情景を描き出し、愛に満ちた世界が展開していきます。「花」は、メーテルリンクの同名の詩に影響を受けているとされ、病んだ花、そしてそのむせ返るような空気のなかでの倦怠と、やり場のない怒りとが描写的に奏されています。

    I.De reve(夢)
  • III.De fleurs(花)

  • ♪Beau Soir(美しい夕暮れ)

    「星の夜」と同じくバンヴィルの詩に作曲されたこの曲もドビュッシーの若い時の作品で、若い間のつかの間の幸せを色彩豊かな和声にのって歌い上げていきます。全体には清らかな美しさが漂っているものの、時折影が差して、恋人たちのなかにある虚無感を繊細に描き出しています。これはのちに伝説的なヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツ(1901~87年)がヴァイオリンとピアノのためのヴァージョンに編曲しました。歌詞がないぶん、音色の変化や軽やかな装飾などによって、詩の裏側にある心情や情景が描き出されます。見えてくる色の違いは、夕暮れを見るそれぞれの人のなかの景色の違いのようです。ぜひ聴き比べてみてください。
  • (Vn. Ver.)

  • いかがでしたでしょうか? こうしてドビュッシーの歌曲を聴いていると、光と闇、美しさと妖しさや毒々しさといったものは絶えず隣り合わせのものなんだな、とあらためて実感します。ドビュッシーの作品はキラキラとした輝きのある作品が有名曲になっていますが、ぜひこの“毒”にも魅了されていただけたら嬉しいです。ちなみに彼自身はかなり“クセ”のある人だったようなので、そのあたりもいつかご紹介しながら、さらにいろいろな曲をご紹介できればと思います。それではみなさま、色とりどりの素敵な作品たちを「Bon appétit(召し上がれ)!」


    次回は9月7日(金)の更新予定です。あまりにも暑い日々が続きますので、その暑さを忘れてしまうような涼やかで美しい曲、また逆にむせかえるようなとことん“アツい”曲という、両極端な作品を残したモーリス・ラヴェルの作品を中心に扱いたいと思います。

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