マニアが集う“注文の多すぎる料理店”~エルヴィス・喫茶店 編~

マニアが集う“注文の多すぎる料理店”~エルヴィス・喫茶店 編~
熱狂的な音楽マニアが店主を務め、その熱量にほだされるように音楽マニアたちが集ってくる飲食店を紹介する本コーナー。
今回訪れたのは、荒川区の町屋。都心から数十分。駅前にはスーパーや個人商店も多く、懐かしき東京の風景が残る下町だ。ここにエルヴィス・プレスリーをこよなく愛する喫茶店があるという。エルヴィスといえば、古き良きアメリカのシンボルにして、ロックンロールの神様。下町とはなんだか結びつかないような……。早速、行ってきました!

全国のエルヴィス・ファンが集う 古き良きコーヒーショップ

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地下鉄・千代田線の町屋駅を降り、都電荒川線の線路沿いに約5分。時折走る1両の都電を眺め、穏やかな空気を感じつつ進むと今回のお店「コーヒーショップ PHANTOM」がある。
赤・青・白の星条旗カラーによる外観。「ELVIS」の手作りの看板。アメリカ気分満載だ。扉を開けると店中のそこかしこでエルヴィスの写真やポスターなどが飾ってある。当然BGMもエルヴィスだ。

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店主の日野 弘さん(70)が話を聞かせてくれた。

「オープンは1976年。30歳の時に勤めを辞めて、ここを始めたんだけど、最初は普通の喫茶店で、ひっそりやってたんだ。こんな風になったのは大体30年くらい前──1980年代の終わり頃かな。プレスリーが好きだって言ってたら、旅行に行った知り合いとかがお土産を持ってきた。それを飾りだしたら、写真とかレコードとか増えてきちゃって。いつの間にかプレスリーばっかになっちゃった」

中でも一番目立つのはタペストリー。約2メートル四方で、笑顔でマイクを持るエルヴィスが美しく編まれている。

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「これはアメリカで買ってきたらしくてね。家は飾るところないから置いてくれって。だったら買ってくるなって話だけど(笑)、汚れてもいいっていうから、こうして飾ってる。目立つよね」

そもそも日野さんがエルヴィス・プレスリーを好きになったのは高校生の頃。3つ年上の兄の影響で夢中になったそう。

「プレスリーが主演の映画『GIブルース』を兄貴と観たんだ。まだ16歳くらいだったかな。それがものすごい衝撃でね。外見がかっこいいのはもちろんなんだけど特に音楽が最高。その後、レコードを聞いたら、どれを聞いてもいいし、何度聞いても飽きない。いろんなスタイルの曲が詰まってるでしょ。ロカビリー、バラード、ハワイアン、フォーク…どんどん聞き込んでいったよ」

  • お店の奥には、雑誌の切り抜きやチラシなど入ったファイルがずらり。これらは日野さんがせっせと集めたものだ。やや色褪せた切り抜きなどを眺めていると、まだ10代の日野さんが作業をしている姿が思い浮かんでなんだか胸が熱くなってくる。

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    「かなり熱心にやってたなぁ。兄貴とふたりで集めたから、同じものもあるんだけど。プレスリーが好きといったって、俺はリーゼントにするとか格好を真似するとかじゃなかった(笑)。兄貴と小遣い出し合ってレコードを一緒に買って映画を見たり、こうしてスクラップを作ったり。毎日、エルヴィスのことを考えながら曲を聞く。それが幸せだったんだよね」

    日野さんがエルヴィスを好きになった高校1年の頃は1964年。ビートルズがデビューした年だ。ビートルズに興味は?

    「いや、なかったね。ビートルズは女の子の間で人気で。その頃、俺は硬派だったからね。女が好きなものを追いかけるなんて男らしくないと思って(笑)。あとやっぱりアメリカに憧れたんだ。テレビでは『ルート66』みたいなアメリカのドラマとか、アメリカを感じさせる番組も多かったけど、イギリスのものはなかった。プレスリーを通じて、そんなアメリカの明るくて自由で豊かな生活風景に思いを馳せていたんだよ」

  • そんな日野さんのアメリカやエルヴィスへの想いは、メニューにも溢れている。

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    「ビーナッツバナナサンドは、プレスリーの好物。若いお客さんにも好評だよ。あとE・Pライスはエッグとパプリカを使ったピラフ。エルヴィス・プレスリー・ライスの語呂合わせで、うちのオリジナルだね。ブルーハワイはもちろんプレスリーの有名な映画から。どれもうちの人気メニューです」

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    アメリカンクラブハウスサンド 800円、ピーナッツバナナサンド 500円、 ブルーハワイ 500円

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    E・Pライス 700円

    お店にはエルヴィス・プレスリーのファンが全国各地から集う。中には海外からやってきたという人もいるとか。

    「毎年、プレスリーの命日にメンフィスに墓参りに行ってくる人もいれば、昔、ラスベガスで撮った写真を自費で写真集にしちゃう人とか、熱心なお客さんが多いね。大体そういう人たちは銀行のカードの暗証番号がプレスリーの命日だったりする(笑)。イギリスからわざわざきた人もいたよ。それと前に加山雄三さんの散歩の番組で紹介されたんだけど、それを見てきたお客さんも多いかな。加山さん、プレスリーが好きでさ。オンエアされなかったけど1時間以上話し込んじゃって。加山さんみたいに、ここに来たお客さんはみんなプレスリーの話で盛り上がっちゃうんだよな」

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    気になったのが、お店の要所要所で見られる洗練されたグラフィック。黒板に描かれたエルヴィスの似顔絵やメニューなど。まさか70歳の日野さんの手によるものとは思えないが……?

    「娘がやってくれるんだ。娘が二人いてね。イラストは上の娘。メニューなどは下の娘がパソコンで作ってくれる。エルヴィスが好きか? どうだろう。奥にあるギターは、下の娘のなんだけど以前、うちの客からエルヴィスの曲を教えてもらってさ。学校で弾いたけど、誰も知らなかったなんて言ってたな(笑)」

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    店の奥にはエルヴィスのレコードやCDも並ぶ。中には希少なアルバムまであるが、最も好きなエルヴィスの曲は何だろう?

    「どれとは選べないな。全部いいんだよ。途中からサイモン&ガーファンクルの『明日にかける橋』とか、カバーもたくさんしてるけどそれもいいし。強いていえばバラードっぽいものかな。『好きにならずにいられない』とか。あ、『好きにならずにいられない』といえば、上の娘の結婚パーティでゴスペルやってる娘の友達が歌ってくれたんだ。


    その曲を選んだのは、俺が好きだからってのもあったらしくて。まぁ、嬉しかったよ(照笑)。下の娘はまだ独身なんだけど、結婚パーティの時、今度は俺が歌ってやろうかなとか思って、じつはこっそり練習してるんだ。曲は『ラブミーテンダー』。間違っても『ハートブレイクホテル』は歌えないよ(笑)」
    • Love Me Tender/エルヴィス・プレスリー

      シングル

      205

      Love Me Tender
      エルヴィス・プレスリー
  • 話す度にエルヴィスへの思いが溢れる日野さん。ご自身にとってエルヴィス・プレスリーとはどんな存在だろう。

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    「言っちゃえばスターだよね。スターといってもいまみたいに身近な存在じゃなくて、全く手の届きそうもない存在。好きとか憧れとかの対象じゃない。ただただ遠くにいて見上げるだけの存在だね」

    ロックンロールの神様に囲まれ、独特の低音のきいた歌声を耳にコーヒーやサンドイッチを頬張る。日常の喧騒を忘れ、緩やかに時間が流れるのを感じていると、なんだか50~60年代のアメリカのおおらかな風景が思い浮かんできた。そして、エルヴィスのレコードを笑顔を浮かべながら、一所懸命に聴いている10代の日野さんの姿も。

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    マイペースにお店を続けていきたいと語る日野さん。今後は?

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    「そうだなぁー。俺、メンフィスには行ったことがなくて。兄貴といつか一緒に行こうってよく話してるんだ。じつは俺の誕生日がプレスリーの命日ってこともあって(笑)、墓参りとかしたいし。その時どんな気持ちになるか? いやー、そんなのわかんないよ。でもその時のために、まだまだ元気でやっていきたいよね」

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    【SHOP INFO】

    ●コーヒーショップ PHANTOM
    東京都荒川区町屋2-16-2
    03-3895-9636 11:30~23:00
    不定休
    http://phantom.web.wox.cc/


    Text:大野 智己
    Photo:渡邊 眞朗

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