宮崎泉(DUB MASTER X)が説くPA道 【Behind the scenes】


かつては「MUTE BEAT」、現在は「DUBFORCE」「MOONBUG」のメンバー、DUB MASTER Xとして活躍する日本屈指のダブエンジニア&ミュージシャン宮崎泉さんは、80年代初頭にクラブでのアシスタント・ミキサーとしての活動をきっかけに、ライブダブ・エンジニアの道を開拓。リミキサー、アレンジャーとしても浜崎あゆみなどavex所属アーティストから、キリンジ、東京スカパラダイスオーケストラ、初音ミクまで多種多様なアーティストを担当し、ミュージシャンとPA(サウンドエンジニア)という二足のわらじでコアな現場に向き合っている。「アーティストの意図を誰よりも理解できる裏方」と言われているキャリアを聞いた。

「PAは裏方ではあるがステージに立っていないだけで、ライブの空気感を作り上げる点ではアーティストと対等」

そもそもPAとは、「パブリックアドレス」という音響拡声装置の総称であるが、楽器や歌などの音源を一つにまとめ、ミキシングすることで観客に最良のバランスで聴こえるように整える仕事を指す。現在、宮崎さんは、Def Tech、SUGIZO、金子ノブアキ、柴田聡子、MONDO GROSSOら多くのアーティストのPAとして、国内外のライブ会場を飛び回る多忙な日々を送っている。

宮崎泉(DUB MASTER X)が説くPA道(1)

宮崎泉 1963年生まれ、札幌出身。高校卒業後上京。専門学校で音響工学を学び、ピテカントロプス・エレクトスに入社。90年、MUTE BEATの解散を機に独立。以降、藤原ヒロシと共に小泉今日子のリミックスワークなどを手がけるなど、リミキサー、アレンジャーの第一人者でもある。


─これまでのキャリアを少し伺いたいのですが、スタートはDJになるのですか?

いえ、83年、19歳のとき原宿の「ピテカン(トロプス・エレクトス:桑原茂一がディレクション。日本のナイトクラブ発祥店とされる今はなき伝説のクラブ)」にミキシングエンジニアとして入社したのが始まりです。ほぼ同時にDJとしての活動も始まり、「モンクベリーズ」や「芝浦GOLD」など、当時のクラブと言われる店ではほとんどプレイしました。ヤン富田さんに師事していたので、いとう(せいこう)君のDJも務めていました。
MUTE BEATのメンバーとはピテカントロプスで出会いました。メンバー各々がエフェクターとかを操作しているのを見て、「それ俺がやった方がもっと演奏に集中できるんじゃないの!?」って提案をしたことがダブミックスを始めたきっかけなんです。
 


スタート時点から、エンジニアという職業はミュージシャンの一員だと思って取り組んでいたんですよね。だから、それは今も変わらず、僕を現場に呼んでくれるチームは、裏方という意識ではなく一緒にモノを作る仲間という感覚でいてくれる人たちが殆どです。僕でなければ成立しない音を求めてくれているという意味では、ベース、ギター、ドラムというパート同様、PAもバンドのメンバーという扱いをしてくれています。

─なるほど。自分もSUGIZOのライブのステージコールで「PA、 DUB MASTER X !」と紹介されているのを毎回耳にしています。他のアーティストの場合もそうなのですか?

Def Techもそうですね。僕が現場に居ないと成立しないようなバンドの場合、大抵メンバーと対等に紹介してくれます。
ダブはテクニカルなモノだから、そこら辺のエンジニアに「これをこうして、こうディレイをかけてやればいいんだよ」と教えれば、誰にでもできる簡単なことなんですよ。でもそうした技術的な要素よりも、ライブ中に音楽的な事を理解した上で、インプロビゼーションでセッションできるのか? という事の方が重要になるんです。

─それにはキャリアやセンスが必要ですよね。ライブ前にどこまで決めているんですか?

どうエフェクトをかけるかという事は、事前には何も決めていないですね。あくまでセッション。その時の場の雰囲気でPAを操作しています。
 

ミュージシャンと職人の間を繋ぐ 特殊な立ち位置

─ 一般的な認識では、PAは裏方の職人のイメージなのですが、ダブさんの場合、ミュージシャンであり職人でもあり……。

そうですね。丁度、ミュージシャンと職人の間に居るような立場だから、そういう意味でも重宝されて現場に呼ばれている節はあるんでしょうね。DJでもあるからクラブサウンドも熟知している。ミュージシャンの言っている事も理解出来る上で、他の現場にいる職人たちの事も解る。双方を繋ぐ役割も担っていると感じています。
基本的にミュージシャンの要望に沿って音を調整するのが僕の仕事だと思っているので、「こうあるべき!」というような強い自己主張は無いんです。その上で「こういう表現のほうが良いんじゃない!?」と音造りを提案するので、それを面白がってくれるチームとは、互いにハッピーな現場にはなりますね。
 


─国内外を飛び回っていますが、小屋ごとにPA卓などの機材も違うし、大変なのではないですか? ご自身の機材を現場に持ち込む事もあるのでしょうか?

機材に関して言えば、例えば、画家が海外に絵を描きに行く際、アトリエの画材全部持って行ったら大変な事になるじゃないですか。「この筆でなければ表現できない線がある!」というのと同じような考え方で、「どうしても今回のライブではこの機材が必要!」という場面がないわけじゃないですけど……、大抵は会場の設備を工夫すればできます。
最近は、どこもデジタルになってしまっている中で、ダブ的なものを求められる時は、PM5D以降のYAMAHAの卓(http://www.yamahaproaudio.com/japan/ja/products/mixers/pm5d/)はどれも素晴らしく、使い勝手が良いのです。YAMAHAはMIDIで様々なコントロールができるのでアナログ卓のように操作が可能なんです。現場で出会ったら、間違いなく「最高!」って思う機材のひとつです。

自分の機材であえて挙げるなら、「MXR Pitch Transposer」ですかね。
 


これでしか出す事のできない音色があるので、それを使いたい時には必ず現場に持ち込んでます。

─近年のダブさんのバンドとしての活動でいうと、DUBFORCE以外にオフィス北野問題でも話題のTHE BASSONSがありますが。

ダブフォースは(屋敷)豪太、元ミュートビートの増井君と僕とが中心でやってはいますが、正直まだ色々と試行錯誤をしている最中で、自分達もどういう事をやりたいのかが、まだ明確になっていない状態なんです。その辺りを詰めながら、7月のクアトロ30周年ライブ(http://www.club-quattro.com/shibuya/information/detail.php?id=116)に向けて調整しています。
 


ベーソンズの方も、ダースレイダーが「ベースとドラムとラップだけで何ができるでしょう!?」という、なかなか面白い発想でこれまた実験的な事をやっている段階なので、どちらも模索中ではありますが、これからどう成長するか楽しみながらやってます。
 


エフェクターや卓も立派な楽器!

─「DUB」という単語はよく耳にするものの、実際それがなんだかわかっている人は少数だと思うのですが。宮崎さんはどう定義していますか?

元々レコーディング用語の「ダビング」から派生した言葉で、「マルチトラックで録られたモノを、エンジニアの主観で新たなミックスとして構築する」というのがダブの定義になるんだと思います。だから基本的には音源ありきで「DUBを作って欲しい」という依頼があって、自分の主観だけで作業を進めるんですが、ライブの場合はそうはいかない。卓側でミュートしても、ステージで演奏してたら生楽器の音が聴こえてしまうわけだから(笑)。プレイヤーと阿吽の呼吸ができないと、ライブでのダブは不可能なんです。

─ミュートビートでは、それができていたんですね。

セッション性の高さ、各自が各々の感覚で抜き差しをして、そこにエフェクトをかけて行くという…ライブバンドとしての面白さが初期は特にありましたね。ライブ前に決まっていることは、「ここからはダブパートで、それぞれ勝手に」「演奏のいいところでフィル入れてサビにいく」くらいで。技術的に言えば、ボーカルや楽器にエコー、リバーブなどのエフェクトをかけるわけだけど、デタラメにかければいいわけじゃなくて、やっぱり最上の音楽になるよう探求し続けているわけで。基本は音の抜き差し。その上で聴く人を「はっ」とさせる事が出来て、そこに違った音を付け加えてあげることで、今までとは違った世界が見えて来る……というのが、一番面白いところだし、そういう事を日々考えているから、自分の中でダブは生活の延長になってます。
DJはよく「ターンテーブルは楽器だ!」って言いますけど、僕に言わせると、エフェクターや卓も立派な楽器なんですよ。

宮崎泉(DUB MASTER X)が説くPA道(2)


─当然、楽譜通りに進行するようなタイプのミュージシャンのライブでは、ダブが入り込む余地はないんですよね……。

バンドメンバーそれぞれが、ダブの抜き差しを心得ていなければダメですね。「あ、ここは演奏するのやめた!」というような「間」を、音楽的に作れる人でないと成立しないですから。ただ、そうした駆け引きができるミュージシャンとライブで綱引きできると本当に楽しいし、それこそがダブの醍醐味なんです。まぁ「言うは易く行うは難し」の奥深い世界なんで、日々試行錯誤の連続ですけどね。

─そういう意味で、ダブは日本的な美意識「侘び寂び」にマッチしているのではないかと感じます。

まさに日本人の感性に合った音楽理念だと思います。一見乱暴な反面、しかも往々にしてその乱暴な部分だけをピックアップされがちなんだけれど(笑)。非常に繊細な部分を持っていますから。「ディレイがどのくらいのレベルで聞こえれば気持ちが良いだろう?」というような調整は、本当に繊細な匙加減一つで大きくバランスが変わってしまう。そういう意味で、個人的にはKing Tubby、Lee "Scratch" Perry、MAD PROFESSORのようなレゲエのレジェンドと呼ばれている人達よりも、Trevor HornとかのZTTレコーズがやっているようなランドスケープのような感じの音のほうに惹かれるんですよね。

昔、イギリスの某有名アーティストが全然PAのことを分かってなくて、「フェーダー上げたらハウっちゃって、直し方が分からない」というお粗末な現場に立ち会ったことがあるんだけれど(笑)。トップアーティストでも、音の調整って難しいんです。車に例えると、アクセルを踏みさえすれば良いわけではなくて、車をきちんと止める技術を持っていなければ思い切ってスピードを出せないのと同じなんですよ。

─確かにいかにしてスピードを出すか? という方向性ばかり目指すアーティストは多いですよね…。DJシーンも同じで、DJ Mixの技術はそこそこ習得できるけど、そこから先のアーティスト性を確立するのは大変。機材の進化で間口が広がると、同時に敷居も下がってしまうのはどのシーンにも言える事ではありますね…。

今はネコも杓子もとにかくライブだって、現場の数はすごく増えてるよね。箱が足りないって問題も深刻化してるし。でも、クラブミュージックでもなんでもそうだけど、一瞬ワーっと盛り上がるんだけれど、レベルの低い人達で溢れかえって畑が焼き尽くされてしまう……ってことを繰り返してるように思うんだよね。一回焼け野原になって、本物だけが残るというふうに考えれば、それも良いのかもしれないけど、そこからまた耕す事を考えると、僕はもう耕す係は御免です。そこは若い世代に頑張って耕して欲しいです(笑)!

─では若い世代がダブを勉強できるような、参考文献的な動画や音源など何かおすすめはないでしょうか?

うーん……。僕は人の真似したくないし、なるべくなら影響もされたくない。すごいものを見聞きすると無意識に真似してしまったりするし。常に新しい事を自分で発掘して行きたいタイプだから、そういう映像を貪欲に見たことないんですよね……。でも、もし観るならばMAD PROFESSORがUPしている映像は丁寧だし、参考になるんじゃないかな? ただ、いくらそうした映像で技術を習得出来たとしても、問題はその先なんだってことを忘れないでくださいね!


DUB MASTER X

http://www.dubmasterx.com/

http://dubforce.tokyo/

https://twitter.com/DubMasterX


Text & Photo:KOTARO MANABE

 

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