魅惑の不思議“声” 【知られざるワールドミュージックの世界】


世界各国どこに行っても個性的な民族楽器があるが、どんな楽器にも対抗できないのが「人間の声」だ。声というのは人それぞれに違うし、ソロから合唱まで様々なバリエーションがある。テクニック的なことでは、ファルセットやベルカントといった唱法に代表される通常とは違う発声法もある。

そういった「人間の声」をテーマに世界の音楽を眺めてみると、これがまた不思議な音楽がたくさん存在する。その土地に根付いたリズムやメロディが、独特の発声や唱法で披露されることほどエキゾチックな音楽体験はないかもしれない。というわけで、今回は世界中の音楽から、声の不思議に焦点を当ててみたい。

ブヌン族、バカ・ピグミー、ケチュア、ホーミー、聲明… プリミティブな歌声の神々しさよ!

まずはメジャーどころから紹介していこう。ブルガリアン・ボイスは、80年代に一大ブームを巻き起こした東欧ブルガリアの女声合唱。地声を基本とし、何層にも重なった独特のハーモニーで、どこかオリエンタルな雰囲気のメロディを奏でていく。時折コブシを効かせたりするが、とにかく耳にまっすぐ入り込んでくるような感覚だ。この神秘的なポリフォニーは、映画やCM、そしてサンプリングソースとして耳にすることも多い。癒やし系音楽としても最高のものだといえる。
 


合唱というと、台湾の少数民族であるブヌン族の音楽も非常にユニークだ。こちらは男声によるもので、中国語で「八部合音」という独特のコーラスを披露するのだが、特徴的なのはハーモニーの上にさらにハーモニーが乗っているような構造。もともとはアワの豊作を祈る歌だったようだが、どうすればここまで複雑なハーモニーになるのかが不思議だ。この音楽は、ジャズのチェロ奏者デヴィッド・ダーリングが共演したことでも話題になった。
 

 

さらに合唱を紹介しておこう。こちらはアフリカのバカ・ピグミーといわれる少数民族の歌。カメルーンなど中央アフリカに住む狩猟民で、森への信仰を歌と踊りで表現するという。太鼓のリズムに乗って、まるで動物の鳴き声のような発声法を駆使しながら、コール&レスポンスで徐々に盛り上がっていく。90年代にバカ・ビヨンドというケルトとアフロをミックスしたバンドが取り上げて話題になり、日本のあふりらんぽも『バカがきた!!!』というアルバムを制作している。
 

 

北欧やロシアにはサーミ人という先住民が住んでいて独特の文化を持っているが、音楽も非常に特徴的だ。ヨイクと呼ばれる宗教的な歌唱がよく知られており、本来は無伴奏の即興歌である。ただ、最近は様々な形に発展しており、ポップスやロックにも違和感無く取り入れられるようになっている。この動画も洗練されたアレンジのヨイクではあるが、呪文のような歌詞や哀愁を感じさせるメロディは、不思議と懐かしい感覚にさせてくれる。
 

 

「コンドルは飛んで行く」などでわりと一般的な南米アンデスの民謡だが、深く探っていくとディープな世界が横たわっている。ボリビアのルスミラ・カルピオは、ケチュアという先住民族の血を引く女性シンガー。チャランゴという弦楽器を弾きながら歌うのだが、その声がとにかく個性的。太い地声は大地を感じさせ、高音で歌う様子はまるで鳥のさえずりのよう。アメリカの有名なヴァイオリニスト、ユーディ・メニューインは、彼女の声を聞いて「まるで歌うヴァイオリンだ」と絶賛したという。

 

 

もう少しコンテンポラリーな音楽を紹介しておこう。チェコのイヴァ・ビトヴァは、ロマ(東欧系ジプシー)の音楽一家で育ったボーカリスト兼ヴァイオリニスト。オルタナティヴ・ロックから現代音楽まで幅広いジャンルで活躍しているが、とにかくその歌唱法がユニーク。唸り声や雄叫びのような声を取り入れたボイス・パフォーマンスに圧倒させられる。どことなく東欧的な陰影を感じさせるのも特徴だ。
 

 

さらに強烈な声を聞いてもらいたい。サインホ・ナムチラクは、ロシアのトゥバ共和国出身のシンガー・ソングライター。ロシアといってもモンゴルとの国境近くなので、アジア文化圏のエリアだ。彼女はトゥバの民族音楽をロックやエレクトロニカと合体させた前衛的なサウンドに、ホーミーという喉歌を乗せていく。修行僧のような見た目も、迫力ある歌声もインパクト満点だ。
 

 

最後は、重低音の声を体感してもらいたい。ダライ・ラマの拠点でもあるギュート寺からやってきたチベット仏教の僧侶たちによる聲明しょうみょうだ。いわゆるお経ではあるが、低音ボイスを駆使して繰り広げていく読経はとても音楽的。地響きのような声は、大音量で聴くと身体中を揺さぶってくれるだけでなく、ヒーリング効果もバッチリだ。
 

 

こうやって並べてみても、それぞれの風土により全く違う響きを持つ人間の声。とにかく不思議だ。まだまだ聞いたことのないような様々な声が、今日も世界中で響き渡っているはず。「人間の声」の多様性は尽きることがないのだ。




Text:栗本 斉
Illustration:山口 洋佑
Edit:仲田 舞衣