マルチプレイヤー・中込陽大が語る「多重録音」の世界。自分だけの音楽と向き合う魅力


今回、その魅力を紹介するのは「多重録音」。楽器や音声等を一つ一つ重ねて録音していき、ひとつの作品を完成させていく楽曲制作方法だ。以前はカセットやMDデッキ、MTRを使った方法が主流だったが、今の主流はなんと言ってもDTM(デスクトップ・ミュージック)だ。これは各楽器や音声を各々PCに取り込み、音楽制作ソフトを使い、録音、編集、加工していく方法で、自動演奏や楽器の同期、プログラミング等を用いれば、例え楽器が弾けなくても音楽作品を作り出すことも出来る。

そんなDTMの多重録音にて作品を発表したり、活動しているアーティストも居る。今回紹介するキーボーディスト・マルチプレイヤーの中込陽大(なかごめようた)もその一人だ。奇妙礼太郎、GLIM SPANKYらのサポートはもとより、自身のソロ活動も並行して行っている彼。2016年発表のソロ作品『McCartneyIII』は、そんな彼が敬愛するポール・マッカートニーの1st、2ndアルバムと同じく全ての楽器の自演による多重録音作品で、本作にはポールをはじめ、スティーヴィー・ワンダー、ノラ・ジョーンズらの楽曲のカバーが収録されている。各楽器のウォームな鳴りや響きや手触り、加え録音や音処理も特徴的な同作品。細部にまでオマージュ感たっぷりのこだわりと細心を魅せているのも印象深い。
 


そんな彼に今回は登場いただき、その多重録音の魅力や素晴らしさについて語ってもらった。
さぁ、「ようこそ、飽くことない、終わりなき多重録音の世界へ!!」

 

マルチプレイヤー・中込陽大が語る「多重録音」の世界(1)

時限爆弾が各所で起爆し始め、気づいたら当初とは多少違った出口にでたりする面白さ


─中込さんは現在サポートプレーヤーやソロ活動をされていますが、以前はバンドをやられていたとか?

FABというバンドで鍵盤とボーカルをやっていました。CDを出して楽曲にタイアップがついたりで、いい感じではあったんですがメンバーの脱退等もあり休止してしまい・・・。そんな時、髭の須藤くんからソロ活動でのサポートの話をもらったんです。そこから髭のサポート等もやり出し、他にも色々なアーティストのサポートをし始めたんです。

─その後も再びバンドを組まずにソロでやっていこうと思ったのは? 

ポール・マッカートニーが、THE BEATLESが終わった後にソロになり、多重録音で作品を出し、自分もいつかそんな活動をしてみたいと思っていたところもあって。大好きなんです、ポール・マッカートニーが。

─で、多重録音に。それはやはり自分の頭の中に鳴っている音楽を自分以外の人を介さずに具現化したいとの思いからだったんですか?

他の人にお願いすると、その分、お金がかかっちゃうじゃないですか(笑)。もちろん他の人と作る楽しさもあるんですが、それとはまた違う、自分と音楽しかない空間で色々突き詰めて考えられる楽しさがありますよね。

─でも多重録音は、逆に意外性が無い分、自分の想像以上のものが生まれにくいイメージがあります。

そうでもないんですよ。作っているうちに段々と変わっていくこともあったりして。自分が合ってると思っていたリズムが違うパートの演奏に行くと、“おやっ?”“あれっ!?”ってなったり(笑)。頭の中だけだと気づかない落とし穴や時限爆弾が色々とあったりするんです(笑)。それが録り進めるうちに各所で起爆し始め、結果、修正していくうちに気づいたら当初とは多少違った出口にでたりして。

─制作のパターン的には、頭の中で鳴っている音像を具現化していく感じですか?

逆に次に何をしたらいいか分からない事が多いです。曲が出来て、ピアノかギターでベーシックを録ったあと、ぱっと頭に思い浮かぶものと違う物を作ろうとするので、録り進めるうちに色々決まってくる感じです。

 

マルチプレイヤー・中込陽大が語る「多重録音」の世界(2)

 

─かなり完璧なので、てっきり設計図通り作られているかと思ってました。ちなみにソロ作品は、これまで全て自演の多重録音で?

1作目(EP「リトルビットモア」)は多重録音、2作目(1stアルバム『STRAP SHOES』)は他の色々な方を交えて作りました。1人で作っていると次は誰かと作りたくなって、誰かと一緒に作ると、次はその反動や思うところがあって、1人だけで作りたくなるんですよね、不思議と。今回、一人で作って凄く大変だったんで(笑)、また次は色々な人と一緒に作るかもしれないですね。

─打ち込みではなく、あえて全ての楽器を自分で演奏/録音なされているのは?

打ち込みもやるし、それはそれで好きなんですが、大元のリズムをコンピュータに制御されていることが凄く嫌で。リズムのダイナミックさが失われちゃう気がするんですよね。僕の多重録音が人と違うところがあるとしたら、ベーシックトラックを録るときにクリックを鳴らさないことだと思います。そもそもポールなんかの頃はそうだったし、そのほうが自分としては音楽的に正しい気がしています。オーバーダブが恐ろしく大変ですが。ちなみに奇妙礼太郎の最新作(メジャー1stアルバム『YOU ARE SEXY』)も同じ手法(クリックを鳴らさずにベーシックを録る)で作りました。

 

心置きなく自分の音楽や自分自身と向き合えるのが多重録音


─中込さんの場合、多重録音にしても自分の創作作品のはけ口よりも、むしろリスナーや届ける人に向けての作品提示の印象を受けました。

本人的にはけっこう作りたいものを作っているだけですけど(笑)。でも、聴いた時の音響的な印象については多少意識しているかも知れないです。基本的に録音やミックスまで自分でやることが多いので。

─それは?

録り方にしても、どのマイクで録ったらいいのか?その位置や距離はどこが最適か?その録ったものを、より温かく聴かせるにはどうしたら良いか?とか、基本的には自分の興味での音像作りですが、それがただの自己満足に終わってなければいいなとは思っています。

 

マルチプレイヤー・中込陽大が語る「多重録音」の世界(3)

 

─最新ソロアルバム『McCartneyⅢ』もそうですもんね。非常に各曲毎に、70年代のサウンドに近いヴィンテージ感を有しながらも、音の手触りや温度感、聴こえ方が曲毎に違っていて。各楽器自演ですが、その中でも得手不得手はあるものでしょうか?

もちろんその楽器の専門の人たちと比べたら拙いところもあると思うけど、有機的なリズム感を作り出すことに関してはあまり劣っているとも思わないかな。一拍の長さが伸びたり縮んだりして、それが複雑に絡み合って全体性を織り成すような演奏が、これからもずっと僕の理想です。

 

マルチプレイヤー・中込陽大が語る「多重録音」の世界(4)

 

─ちなみに『McCartneyⅢ』の制作の際にも何か試行錯誤があったり?

ありましたね。原曲の素晴らしいタイム感や音像を完全に自分の中にインストールして再現しても、そこに歌を乗せた瞬間に急にカラオケみたいになっちゃって(笑)。似せれば似せるほど滑稽になっちゃうんだすよね。考えれば当たり前なんですが、録るまで気が付かなかった(笑)。『McCartneyIII』の大きな失敗であり、今後の作品の為の大きな収穫でした。

─ちなみに中込さんの思う多重録音のデメリットは?

明確な意思がないとホント終わらなくなるところでしょうね。あと、凄く孤独な作業だということ。実は『McCartneyⅢ』もほとんどここ(三軒茶屋グレープフルーツムーン)で録ったんです。営業時間外に店を開けてもらい、各楽器や機材を持ち込んで。1人で演奏して、一人で録って。で、上手くいかなかったらもう一回って具合だったんです。これはホント寂しかったなぁ・・・(笑)。いいテイクが録れても一緒に歓んでくれる人もいなかったですから・・・(笑)。

─納得のいくものを突き詰めていくと終わりのない作業のイメージがありますが、中込さんの場合、どの辺りで作業終了の目処をつけて作業をしてますか?

言われてみると、どうやって今まで終わっていたんだろ・・・?でも、どの曲にも終わりの時はあるんですよね、不思議と。それは時間的な終わりだったり、体力的な終わりだったり・・・。いつも制作の終盤は、40時間くらい起きて作業してることが殆どで。寝てるんだか起きてるんだか分からない状態でフワフワしながら四六時中作品の事考えて、雪崩れ込むようにゴールに向かっていくっていう(笑)。そんな感じです。

─多重録音を経て、その後の活動に際し何か得たものはありましたか?

より客観的な状態で演奏できるようになったと思います。自分が周りにどんな印象を与えているかとか、それぞれの人がどんな事を考えてやっているかとか、多重録音をしてなかったら今よりもっと何も分からなかったと思います。

 

マルチプレイヤー・中込陽大が語る「多重録音」の世界(5)

 

─ズバリ、中込さんにとっての多重録音の魅力は?

楽しい人にはむちゃくちゃ楽しい作業でしょうね。ただ、人とやることや人の前でやることに歓びを見出している人には向かないかもしれません。僕自身は人前でやるのも人とやることも好きなので、ずっと多重録音だけで自分の音楽人生を完結できるかと言ったら、絶対にそんなことはないんです。なので、そればっかりにもなれないところもあって。だけど、どこか自分自身と音楽とだけで見つめ合う時間が欲しい人には、多重録音は凄く楽しいですよ。心置きなく自分や自分の音楽や実力、趣味や趣向と向き合えるので、おススメです。

─最後に中込さんの今後を訊かせて下さい。

多重録音とみんなで作り上げていくことを並行していくと思います。サポートや共同制作にしても、ただ自分のパートを弾いておしまいって関係性だけでなく、もっと大きなレベルで色々な作品に関われたらなと思っています。

 

マルチプレイヤー・中込陽大が語る「多重録音」の世界(6)

 

とまあ、中込氏も語ってくれたように、誰でも始められるし、始めたら止まらない、自分の作り出したい音楽を心ゆくまで作ることの出来る、この多重録音の世界。ポール・マッカートニーも、スティーヴィー・ワンダーも、トッド・ラングレンも、プリンスも、レニー・クラヴィッツも、MIKAも、山下達郎も、奥田民生も過去にこれらを用い作品化、後世に残る名盤を幾つも残してきた。いま一度、中込氏や先述のアーティストたちの作品を聴き返し、彼らの生み出そうとした純度100%の自身の音楽の細部にまで耳を凝らし、彼らが宿した「何か」を見つけ出してみるのはいかがだろう?

 

Release
McCartneyIII
Gomes


■中込陽大 oneman live

日程:2017年12月8日(金)
会場:三軒茶屋GRAPEFRUIT MOON
時間:OPEN 19:00/START 19:30
料金:ADV ¥3,000/DOOR ¥3,500

中込陽大(vo.kb) 
<Band member>
Bass : 西原史織 
Drums : 松浦大樹(SHE HER HER HERS,Lucky Tapes,奇妙礼太郎) 
Violin : 横山千晶(mille baisers,hypha) 
Trombone : 高橋勝利(hypha,宇田川別館バンド)

Text&Interview:池田スカオ和宏
Photo:大石 隼土