山嵐・武史×Dragon Ash・Kjが語る、ミクスチャー・シーンの20年


日本のミクスチャー・シーンを牽引するキーパーソンである山嵐・武史とDragon Ash・Kj。互いにデビューから20年を経た今、シーンを振り返り何を思うのか。山嵐のツアーファイナルでの対バンをフックに、多いに語り合ってもらった。

Kj“あの新木場は特別な日…山嵐のライヴを観て、泣いちゃいました”

山嵐

—山嵐の「20th Anniversary『RED ROCK TOUR』」ファイナルの新木場STUDIO COAST公演(2017年3月21日)は、Dragon Ash、The BONEZの3バンドで行われました。あの日を振り返って、まずは感想から聞かせてください。
  • Kj:街は違えど、同じ年に結成して、同じ年にCDを初めて出して、隣同士のライヴハウスでライヴをやったり……ずっと頭から今まで一緒にやってるバンドは少なくて。10代から今までずっと背中を見せてくれるバンドで、一緒にずっと対バンしているのは山嵐、Dragon Ashぐらいだと思うんですよ。公私ともに…俺はソロでもたけちゃん(武史)にベースをやってもらってますからね。あの新木場は特別な日でした…山嵐のライヴを観て、泣いちゃいました。

    新木場STUDIO COAST公演時、山嵐の楽屋にて。
    Photo:@masato_urata / @Lafayettecrew

    —そうでしたか。では、武史さんはどうですか?

    武史:メンバーも増えて、いろんな不安要素はあったけど、対バンしたバンドからすげえ力をもらえたらし…支えられているんだなと。

    Kj:山嵐、The BONEZとか、一番負けちゃいけないメンツなんですよ。絶対に負けたくないんですよ!

    —それがあの凄まじい盛り上がりに繋がったんですね。

    Kj:そうそう。Dragon Ashは前日にセット・リストをドカ変えして、“ザ・ミクスチャー”みたいな選曲にしたんです。

    Dragon Ash

    —やはりそうだったんですね!

    Kj:The BONEZは初めて「Thread & Needle」をハズして、バチバチの曲だけにしたみたいで。みんな同じことを考えていたんだ!って(笑)。山嵐はバチバチの曲しかない、一刀両断スタイルですからね。あえてみんな同じ土俵で闘ったという。

    武史:もうDragon Ash、The BONEZに見せられちゃって…尋常じゃなく緊張しちゃいました。

    The BONEZ

    —武史さんが楽屋で出番前に緊張していたのは、それが理由でしたか。

    武史:結構やられちゃいましたね。もう負けられねえなと。自分たちのライヴも最初は緊張したけど、途中からバーと行けたんですよ。俺はいつもKjのバンドでも緊張するんですよ。

    —えっ、そうなんですか? 山嵐の中で一番緊張しないタイプかと思ってました。

    武史:何も考えていないようで、実はナイーブなんです(笑)。

    Kj:SATOSHI君なんて微塵も緊張しないですけどね。

    武史:ははははは。山嵐は体で覚えているから、どんな状態でも弾けるんですけどね。

    —山嵐の「BOXER'S ROAD」はKjさん、JESSEさんをフィーチャリングしてやってくれましたよね?


    Kj:あれは超プライドを持って、板(ステージ)の上に立ったから。俺もJESSEもガチの空気感で始めてるし。あれがいいんですよねえ。あのブチ上がり方はエグいっすよね。

    —「BOXER'S ROAD」は20年間ライヴで聴いてきましたが、あのバージョンにはシビれました! 本当に新木場STUDIO COASTがぶっ壊れるんじゃないかと思うほどの大爆発ぶりで。

    武史&Kj:ははははは。

    Kj:こっちの緊張感や楽しさも観ている人には伝わったと思う。

    武史:あれは鳥肌が立ちましたね。いろいろ感慨深かったです…。

    Kj:「BOXER'S ROAD」は何度も一緒にやってるけど、あれは本当に凄かった!

    武史:心からありがとう! と思いましたね。感謝の気持ちしかなかったです。

    —Dragon Ashのライヴ中には、Kjさんが「THE MAD CAPSULE MARKETS、山嵐がいなければ、ミクスチャー・シーンはなかった」とおっしゃってましたよね?

    Kj:ミクスチャーという言葉がない頃からの先輩ですからね。山嵐は評価されるのも飛び抜けて早かったし、パイオニア感があったから。山嵐もそうかもしれないけど、ほかに似てるバンドがいなかったから、ブッキングもしてもらえなかったですからね。
    • 1997-2004/THE MAD CAPSULE MARKETS

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      1997-2004
      THE MAD CAPSULE MARKETS
  • —なるほど。では、改めて2人の出会いから聞いてもいいですか?

    Kj:馬場さんが繋がっていたのかな。

    武史:育三君と知り合って、それからですね。

    —Kjさんが初めて山嵐を聴いたのは?

    Kj:ディスク・ユニオンで1stアルバム『山嵐』を買ったのかな。なんだ、この刺青みたいなジャケは!? って。

    武史:ははははは。

    —アルバムを聴いて、どう思いました?

    Kj:いや、かっこ良かったですよ! 『Judgement Night』という映画のコンピから、日本のミクスチャーが熱を帯びてきて、『Judgement Night』感が半端ないなと。

    武史:間違いないね、あのアルバムがすべて。あれから結構変わったというか、自分もかっけー! と衝撃を受けましたね。

    Kj:BACK DROP BOMBはもっと前にカリスマ然としていたけど、バンドなのに日本語で2MCというスタイルは、みんな山嵐で勉強したから。ほかにも麻波25(後にmach25に改名)とか、かっこいいバンドはいましたけど。

  • 武史:日本語でやるのは狙ってましたからね。

    Kj:誰かスターがいると、そのジャンルは活気づくんですけど、ミクスチャーの場合は山嵐だった。山嵐きっかけで、全国各地に広がりましたからね。

    —武史さんがDragon Ashを聴いた印象は?

    武史:かっこ良かったですよ、マジで。衝撃を受けたっすね。俺らにはない歌心があったり……。

    Kj:東京感、強いっすよね(笑)。

    武史:俺たちの田舎感とは違う、シティ感というか、オシャレだなと。耳に残るというか、歌えちゃう感じがあったから。ライヴを観たときも衝撃的でしたね。で、Dragon Ashは人気に火が付くと、一瞬にして駆け上がって行ったから。自分たちはマイナーリーグとか、当時はいろんなジャンルの人たちとやってましたね。

  • —Dragon Ash主催によるミクスチャー・イベント「TMC(Total Music Communication)」に、山嵐はあまり絡んでなかった印象があるんですよ。

    Kj:初回に出てもらったけど、山嵐は山嵐でリーダーだったし、RIZEもそうだったし、みんな尊重している者同士だったから。今じゃ考えられないけど、尊重(している者)同士が一緒にやることはなかったんですよ。「俺の村が一番かっこいい!」と思ってやってましたからね。

    —ライバル視してました?

    武史:あったっすよ。特にKOJIMAは結構思ってたんじゃないかな(笑)。

    Kj:うそっ! KOJI君、そういうとこあるんですか?

    武史:KOJIMAは結構あるよ。言わないけどね(笑)。

    Kj:へー!

    武史:SATOSHIは何も考えてない。

    Kj:ははははは。

    —ちなみに、武史さんも負けたくないという気持ちはありました?

    武史:負けたくないというか…全バンド死ね!と思ってました。

    —ははははは。

    Kj:間違いないっす(笑)。

    武史:俺らが一番だ!という気持ちが強くて。

    Kj:一番端っこで音を鳴らしていた3バンドが、俺らの方がヤバイ!って、チョモランマ登っていたら、途中で会ったときに同じ山を登ってたの? ルートが違っただけ? みたいな。

    武史:はははは。

    Kj:自分が20年やってきたプライドがあるからこそ、同期ぐらいで今も続けている奴はめっちゃ愛おしいんですよ! 俺がクソみたいな思いをしてきたということは、おまえもクソみたいな思いをしてきたんだなと。若い頃にはなかった思いが一つ乗りますからね。

    —戦友意識が芽生えてくる?

    Kj:いや、ほんとそうですね。

    —なるほど。お二人が20年続けてきて、このミクスチャー・シーンの20年を振り返って、思うことは?

    Kj:自分たちでミクスチャーと銘打って言わない人も…このカルチャーから派生して出来たバンドもたくさんいるだろうし。俺らもミクスチャーと言ってるけど、Hi-STANDARD、Super Stupidとかクソかっこいい!と思ってたし。あの人たちがいなければ、それから派生した音楽は生まれなかったわけで。もはや刺青入れて、ダウン・チューニングで、韻を踏んでる奴なんて絶滅危惧種だけど…最初にやっていた何組かが残ってるいるから、それが愛おしくて。
  • —武史さんは?

    武史:ミクスチャーという言葉を意識したのは最近ですね。最初は別に関係ねえ、むしろミクスチャーという言葉に違和感を覚えてましたからね。全員ミクスチャーみたいなもんだろ、みたいな考えもあったし。RADWIMPSとか、もろミクスチャーじゃんと思ったし。今更ながらミクスチャー・シーンを熱くしたいなと。それは20年やって感じたことですね。
  • —確かに山嵐はデビュー時から「ミクスチャー」という言葉を自分たちから口にすることはなかったですからね。武史さんがその言葉を意識するようになったきっかけは?

    武史:う~ん、こんなに楽しい音楽はないから。しっかり旗を振らなきゃいけないのかなと。

    Kj:おせー! だいぶおせー!

    武史:ははははは、今更ですけどね。

    Kj:ミクスチャーとは言ってなかったけど、シーンは引っ張っていたんですよ。山嵐のイベントでDragon Ash、RIZEが出なかったことはないから。

    武史:あえて言葉にするのはまた違うのかなって、濁していた部分はありましたね。

    —照れ臭かった?

    武史:天の邪鬼だったのかな。いちいち言葉にさせんなって。今はミクスチャーです!って、言わなきゃいけないのかなと。シーン自体を熱くしていけば、もっと面白くなるし。一致団結して、ミクスチャー勢で盛り上げていきたいなと。

    —Kjさんはミクスチャーという言葉を意識したのは?

    Kj:俺らは始めた頃に「ミクスチャー・バンド」って言われたんですよ。何だ、ミクスチャーバンド!?って。俺は逆で、すげえかっけー!と思っちゃって。ブッキングできないと言われた時代があったんで、名前を付けてくれて嬉しかったのかもしれない。パンクはレベル・ミュージック、反体制の音楽で、その後にLAメタルは下着の女性やヘビが出てきて、そこにバカじゃねえの?って、ネルシャツ着たオルタナ、グランジが出てきた…ロックの歴史を辿ると、何かに対するカウンターから生まれてるんですよね。でもミクスチャーはパンク、レゲエ、メタル、ヒップホップ、超かっこいいよね!って、肯定から生まれている音楽なんですよ。かっこ悪く混ぜる人はかっこ悪い表現になるけど、ミクスチャーはセンスのいるジャンルだと思いますね。

    —わかりました。では、最後にお互いに臨むことや、期待していることがあれば是非。

    武史:ずっと良きライバルでいてほしいし、負ける気もしないし…それで一緒に30年を迎えたいですね。命が続く限り、お互いにそういう立ち位置でいられるように継続できたらいいなと。期待しております。

    Kj:俺らがイベントを打つと、山嵐がトリ前で、山嵐がイベントを打つときはDragon Ashがトリ前で、これはなかなかの信頼度がないと、できないことなんですよ。お互いにそこを任せられる存在じゃないと、成り立たないから。俺もそういう存在でいたいし、山嵐にもそういう存在でいてほしいですね。そう言えば、一昨日、AGGRESSIVE DOGSのUZIさんから電話が来て、「Kj、ウチら35周年じゃけんの!」って言われて。ああ〜、20年で威張ってる場合じゃないなと(笑)。

  • 武史:間違いない。

    Kj:頑張ります!

    武史:まだまだです。

    Kj:はははは、まだまだですよね。


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    5月31日 11枚目のニューアルバム『MAJESTIC』がリリース!
    • MAJESTIC/Dragon Ash

      アルバム

      2,160

      MAJESTIC
      Dragon Ash

  • Photo:西田 航(WATAROCK)
    Live Photo:Azusa Takada
    Text:荒金 良介
    Edit:仲田 舞衣