まつりの作り方 第7回「藤沢宿 遊行の盆」(神奈川県藤沢市)

「まつりの作り方」第7回「遊行の盆」(神奈川県藤沢市)
日本各地で行われている盆踊りのルーツのひとつに「踊り念仏」という仏教儀礼があります。これは念仏を唱えながら踊ることで無我の境地に到達できるというもので、平安時代中期に空也上人が始め、鎌倉時代の一遍上人が各地へと広めました。この踊り念仏が芸能娯楽化し、紆余曲折を経て現在の盆踊りの原型になったと言われています。

神奈川県の相模湾沿岸に広がるビーチエリア、湘南の玄関口でもある藤沢駅から徒歩15分の地で、この踊り念仏を盛り込んだ盆踊りが行われていることをご存知でしょうか? 極めて古風な踊り念仏が奉納されるだけでなく、西馬音内盆踊り・郡上踊り・阿波踊りという日本三大盆踊りの団体が出演。さらには天井桟敷やアニメ「少女革命ウテナ」の音楽監督を務めたJ・A・シーザー作曲の創作盆踊り歌までもが踊られるという、盆踊りの過去と現在を繋ぎ合わせた類を見ない夏祭り――それが藤沢市の古刹、遊行寺および市内各地を舞台とする「藤沢宿 遊行の盆」です。

今回は今年で13回目を迎えたこの「遊行の盆」にフォーカス。宿場町として長い歴史を持つ藤沢の風土と密接に結びついたこの盆踊りの背景を探ります。

「代理店任せだと運営ノウハウが地元に根付かない」

「代理店任せだと運営ノウハウが地元に根付かない」(1)
© Keiko K. Oishi

国宝に指定されている絵巻「一遍上人絵伝」のなかに、1282年(弘安5年)3月、片瀬の浜(藤沢市)で行われたあるシーンが描かれています。屋根のついた舞台の上に、鉦を手にした僧侶が数人。いずれも飛び跳ねながら念仏を唱えており、舞台の周囲にはたくさんの人々が参詣しています。これは一遍上人とその信徒たちが踊り念仏を行った伝説的な一場面とされ、中世における踊り念仏の熱狂を現代に伝える貴重なワンカットと言われています。

この「一遍上人絵伝」が象徴するように、藤沢の地は踊り念仏の故郷のひとつと言えます。踊り念仏を広めた一遍上人は伊予国(現在の愛媛県)で生まれ、自身を開祖とする時宗の教えを広めるため日本各地をめぐり歩きましたが、そのなかでも藤沢市はゆかりの土地のひとつ。市内には一遍上人の足跡を伝える石碑が随所に建てられており、その最大のシンボルが、時宗の総本山である遊行寺(1325年創建)です。

「遊行の盆」のプロモーションビデオ「盆踊りの聖地・藤沢」。一遍上人と踊り念仏について分かりやすく解説されている。

そんな遊行寺を舞台とする「遊行の盆」のプレイベントが開催されたのは2005年。2006年に第一回目が行われました。もともとは藤沢商工会議所の発案で始まった藤沢駅北側の地域振興事業でしたが、その背景には地元住民のさまざまな思いがありました。遊行の盆実行委員会の柳田尚也さんはこう説明します。

「もともと藤沢にはアピール力のある夏祭りがなかったんです。秋口には市民祭りもあるんですけど、ある意味藤沢に一番人がやってくる7、8月に盛り上がる祭りがなかった。それもあって、『湘南を代表する夏祭りを作ろう』という動機はみんなのなかであったと思います。あと、遊行寺は古くから藤沢の原点のような場所だったんですが、鉄道が通って人の流れが変わったことで、かつての中心地としての遊行寺の力が弱まっていたんですね。そこに光をもう一度あてたいという思いもみなさんのなかにあったと思います」

「代理店任せだと運営ノウハウが地元に根付かない」(2)
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遊行の盆実行委員会の柳田尚也さん。

また、もともと歴史のある宿場町だった藤沢では旧住民と遊行寺のあいだに強い繋がりがあり(実行委員会のメンバーの多くは遊行寺の檀家さんだとか)、それが「遊行の盆」を始めるにあたっての頑丈な下地となりました。

「このあたりは藤沢宿の地域ですから、古くからの繋がりがあったんです。そういう関係性がもともと構築されていたのは重要でしたよね。現在では遊行寺さんも実行委員に入っていただいています」

「遊行の盆」がユニークなのは、当時、商工会議所の専務理事を務めていた金井正志郎さん(故人)を筆頭に、実行委員のなかに熱心な盆踊り愛好家が何人もいたこと。藤沢在住の柳田さんはもともと「盆踊りの世界」という盆踊り愛好家のあいだでバイブルとされているウェブサイトを運営していましたが、プレイベントが開催される約1年前に商工会からアプローチがあり、実行委員に加わることとなりました。

「当初から『他の地の盆踊りを地元に招聘したい』という専務理事の強い思いがあったんですよ。どの盆踊り団体を呼ぶか、商工会議所のチームと1年間かけて全国を回って検討を重ねまして、白石踊り(岡山県笠岡市)や郡上おどり(岐阜県郡上市八幡町)、和合の念仏踊り(長野県下伊那郡阿南町)などいろいろ回りました。
そうやってゼロベースから始めるのは、かなり大変なことではあるんですよね。通常であればどちらかの代理店が入り、補助金を引っ張ってくるわけですけど、それだと運営ノウハウが地元に根付かない。我々の場合、みなさんと議論しながら、時間をかけて粘り強く構築してきたんです」

実行委員のなかには、各地方から盆踊り団体を招聘するだけでなく、『藤沢の文化遺産をアピールしよう』というヴィジョンが当初からあったと言います。遊行寺では今日まで僧侶たちによる踊り念仏が仏教行事として行われてきましたが、それとは別に民間に伝承する古い踊り念仏が長野県佐久市跡部にあり、遊行寺へと昭和40年代に移植。以後檀家の方々を中心とするメンバーの手で継承されてきたその踊り念仏をフィーチャーすることが、「遊行の盆」のオリジナリティーとなっていきます。

「代理店任せだと運営ノウハウが地元に根付かない」(3)
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「遊行の盆」で披露されている踊り念仏。

また、そうした「鑑賞型」の踊りだけでなく、「参加型」の盆踊りを積極的に考案したのも「遊行の盆」の特徴。それが全部で6曲が作られた創作踊りです。総監督を務めたのは、寺山修司の関連書籍を数多く編集したほか、自身も劇団を率いて「遊行の盆」以前から藤沢の地でさまざまな試みをしてきた編集者/劇作家、白石征さん。また、作曲を手掛けたのは、天井桟敷の音楽監督を務めて現在でもカルト的な人気を得る一方で、近年ではアニメ「少女革命ウテナ」の音楽面のプロデュース/作曲も手掛けたJ・A・シーザーさん。柳田さんも「演劇関係の方からすると仰天される顔ぶれですよね(笑)」と笑います。

「白石さんとシーザーさんには地元のささら踊りや日本各地の映像をご覧いただきまして、それを参考にして6曲作っていただきました。なかでも“和讃念仏踊り”はまさに白石さんとシーザーさんの世界。六道輪廻の苦しみと念仏による救いを表現した名曲なんです」

J・A・シーザー主催の演劇実験室万有引力の公演「身毒丸」のボックスセット発売時の告知映像。

J・A・シーザーと悪魔の家が2018年に行ったリサイタルの模様。

6曲のうち、もっとも反響のよかった“遊行ばやし”が創作踊りの中心に。当初は遊行寺の境内のみだった踊り場も藤沢駅周辺地域に拡大し、次第に「遊行の盆」は藤沢の町全体を巻き込んだ巨大な祭りとなっていきました。

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遊行寺の境内で行われる市民大盆踊り。

「盆踊りが子供たちの浴衣デビューの場になっているんです」

「盆踊りが子供たちの浴衣デビューの場になっているんです」(1)
「盆踊りが子供たちの浴衣デビューの場になっているんです」(2)

3日間に渡って藤沢各地で開催される「遊行の盆」は、コンテンツの充実度の面でも目を見張るものがあります。

“遊行ばやし”を課題曲とする踊りコンテストにはさまざまな団体が参加。昨年度は全部で24の団体が出場し、800人もの踊り子が踊りを競い合いました。そうした団体のなかには踊り愛好会や大学のサークル、一般客も飛び入り可能なにわか連のほか、地元企業によるものも。新入社員のデビュー・プロジェクトに踊りコンテストへの参加を組み込むケースがあるそうで、柳田さんは「社員同士の仲間意識を高めるほか、地域との繋がりを深めるという目的もあるようです。我々としてはとてもありがたいことですよね」と話します。

また、西馬音内盆踊り・郡上おどり・阿波踊りという日本三大盆踊りが揃う点も「遊行の盆」の魅力。西馬音内盆踊りと郡上踊りは現地から多くの踊り手・囃子方を招聘しているほか、阿波おどりは東京高円寺阿波おどりの名門、朱雀連が参加。秋田の竿燈など各地の祭り団体を招聘した年もあり、いずれも大きな話題を集めました。

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「盆踊りが子供たちの浴衣デビューの場になっているんです」(4)
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「遊行の盆」で披露される「西馬音内盆踊り」。秋田県羽後町西馬音内からやってきた踊り手・囃子方も多数。

「盆踊りが子供たちの浴衣デビューの場になっているんです」(5)
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東京における阿波おどりのメッカ、高円寺で活動する「朱雀連」が毎年出演している。

「遊行の盆」もこの2018年で13回目を迎えました。近年は来場者にもひとつの傾向があるそうで、柳田さんはこう分析します。

「来場者が年々増えているのは確かで、去年であれば3日間で6万人にお越しいただいています。いま一番増えているのは3日目に遊行寺の境内で行われる市民大盆踊り。子供たちの浴衣デビューの場になっているようで、ここ3、4年は若いファミリーの方々がかなり増えてるんです。そういう需要があるんだなと思ってびっくりしましたね。こちらに移住してきたファミリーにとっては、自分がそうした地域の祭りと縁がなかったからこそ、祭りや盆踊りに対して憧れのようなものがあるのかもしれません」

地域の伝統行事として行われてきた従来の盆踊り・祭りとは、檀家や氏子といった宗教的な組織のほか、町内会など特定の地域コミュニティーの中で継承されてきました。そうしたコミュニティーに属さない移住者にとって、祭りはあくまでも「鑑賞」するものであって、「参加者」とはなれないケースがほとんど。「遊行の盆」も遊行寺の檀家を中心に運営されている点は従来の盆踊りと変わりませんが、他の夏祭り同様に参加へのハードルが低く、誰もが踊りの輪へと入っていくことのできる「開かれた地域の行事」として運営されてきました。

藤沢の町とどのような繋がりを持つことができるのか?――それも「遊行の盆」の課題のひとつです。2016年からは藤沢市のゆかた販売店と地域情報誌フジマニが「浴衣フェスタ」を共同企画。「遊行の盆」に合わせ、ゆかた姿で特定の店を訪れるとサービスが受けられるというイベントが企画されました。こうした企画が成果を残す一方で、柳田さんは「遊行の盆」の課題をこう指摘します。

「商店街の方々にも主体的に参加していただくことを期待してスタートしているわけですが、やはり多少のタイムラグはありますよね。本来は商店街の方々に出店していただき、踊っていただき、結果として商店街の賑わいに繋がっていくことを想定していたわけですが、高齢化が進んでいることもあってなかなか難しいところもあります」

柳田さんが「私自身、『遊行の盆』に関わるまでは今ほど地元の歴史を知らなかったんです」と話すように、「遊行の盆」は盆踊りを通じ、宿場町である藤沢の歴史と出会うことができる点が最大の魅力と言えます。地域イベントを通して町の歴史や文化遺産をアピールし、町の新たな価値を創造するという試みは各地域で盛んに行われていますが、「遊行の盆」は遊行寺という藤沢の宗教的中心地を出発点とし、盆踊りの原点としての踊り念仏を前面に押し出してきました。ルーツへの探求と新たなる伝統の創造。その両面を持つ「遊行の盆」は、近年立ち上げられた盆踊り・祭りのなかでも少々異色の存在と言えるかもしれません。

「盆踊りが子供たちの浴衣デビューの場になっているんです」(6)
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藤沢に残る宿場町の記憶を解説する柳田さん。

そんな柳田さんは、盆踊りに開眼したきっかけをこう語ります。

「もともと歴史や民俗が好きだったので、仲間内でよく旅行にいってたんですよ。その帰りにたまたま郡上八幡を通ったんです。それ以前から郡上おどりの存在自体は知ってたんですが、それまでまったく関心がなくて。せっかくだからと足を運んでみたら、『なんだこれは?』と大変驚きました。盆踊りというから“炭坑節”や“東京音頭”みたいなものがかかってるんだろうと思ってたんですけど、曲調も全然違うし、踊ってるうちにどんどん気持ちよくなっていくんですね。それから盆踊りに完全にハマってしまいまして、あちこちを回るようになったんです」

柳田さんは「私が郡上で体験したそういう感動を、ぜひ藤沢でも体験していただきたいんです」と話します。盆踊りのルーツに対する真摯な眼差しと、盆踊りへの情熱が詰まった「遊行の盆」は毎年7月後半に開催。「湘南の玄関口」だけではない藤沢の姿がそこから見えてくるはずです。



<INFORMATION>
「遊行の盆」オフィシャルサイト:
http://www.fujisawa-cci.or.jp/yugyou2018%20bosyu/index.html

柳田さんが管理人を務める「盆踊りの世界」は、貴重な盆踊り情報の宝庫。
https://www.bonodori.net/


Edit&Text:大石始

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