百歌繚乱・五里夢中 第3回「ナイス・イントロ/ド派手編 10選」


こんにちは。引き続き、ナイスなイントロを持つ音楽について語りたいと思います。数が多過ぎて一度に語りきれないのでカテゴリーに分け、前回は「ドキドキ編」をお送りしましたが、今回は分かりやすく、「ド派手編」ってのはどうでしょうか。

これでもか、これでもか、と

ポップスにとって「イントロ」というものがいかに重要かということ、前回語らせてもらいました。ただまぁどちらかと言うと、目立つため、ひいてはぶっちゃけ売るためということですから、アーティスト本人よりもA&Rやプロデューサーなど、より売ることに貪欲な立場の人のほうが気にしているかも。だいたいアーティストという人種は夢見がち、自分を素直に出したものを認めてほしいなんて思っているだけで、あまり何も考えていない人が多い。
そこでレコード会社のディレクターやプロデューサーが、アレンジャーにやいのやいの、もっと目立つように、もっと派手にとプレッシャーをかけるものですから、しばしばやたら派手なイントロを持つ曲ができあがります。
たとえば、久保田早紀の「異邦人」とか、ジュディ・オングの「魅せられて」なんてその典型じゃないでしょうか。どちらも、当時CBSソニーにいたヒット・プロデューサーの酒井政利さんが担当しています。明らかに彼がヒットを目指して、アレンジャーに作らせたイントロでしょう。
まぁ、そんなことではない、たまたまハデになっちゃんたんだ、というものもあるでしょうが、ともかく私が気になる「ド派手」イントロ、10曲ご紹介しますね。

ド派手なイントロ10選

#1:久保田早紀「異邦人」(1st シングル:1979年10月1日発売)
    • 異邦人/久保田 早紀

      シングル

      257

      異邦人
      久保田 早紀
  • ということで先ほども例に上げたこの曲、ご本人が作詞・作曲したときはタイトルも「白い朝」とおとなしく、出身地、国立市の駅前の並木通りのイメージなんていうごく日常的世界観の曲だったそうですが、三洋電機のカラーテレビのCMソングに決まったこともあって、プロデューサーの酒井政利氏が、「シルクロード」をテーマにエキゾチックなイメージに転回しました。アレンジは萩田光雄さん。
    これが見事に当たり、デビュー・シングルにしていきなりオリコン1位の大ヒット、ミリオン・セラーとなりました。しかしその後、この曲の存在があまりに大きすぎて、それを乗り越えることができず、彼女は1984年には商業音楽の世界から撤退してしまいます。


    #2:尾崎紀世彦「また逢う日まで」(2nd シングル:1971年3月5日発売)
  • 尾崎紀世彦のいかにも肺活量が大きそうなダイナミックな歌唱で、1971年のレコード大賞を獲得した大ヒット曲ですが、実は”三度目の正直”という珍しい経歴を持つ曲です。最初は1969年に、三洋電機(また!)のエアコンのCMソングとして筒美京平が作曲、やなせたかしが詞をつけ、槇みちるが唄いましたが、なぜか不採用。しかし埋もれさせるにはもったいないと1970年、阿久悠が詞を書き直し、「白いサンゴ礁」でブレイクした”ズー・ニー・ヴー”が「ひとりの悲しみ」というタイトルでリリースしましたが売れず、翌年、さらに阿久さんに新しい詞を書いてもらって新人の尾崎紀世彦に歌わせたところ、「大体このての思い込みは空まわりするもの」という阿久さんの予想を見事に裏切って、オリコン9週連続1位の大ヒットとなりました。
    諦めなかった日音のプロデューサー、村上司氏の粘り勝ちという「ええ話」なんですが、イントロを、フレーズは同じでもズー・ニー・ヴーのオルガン主体から、ブラス・セクションとグランカッサ(大太鼓)という派手な編成にしたことも功を奏しているのではないかと思っています。始まった瞬間、とんでもなく明るいんだもの。


    #3:Chicago「Questions 67 and 68」(1st シングル:1969年7月/from 1st アルバム『Chicago Transit Authority(シカゴの軌跡)』:1969年4月28日発売)
  • 1976年の10枚目のアルバム『Chicago X』あたりからどんどんラブ・バラード志向になっちゃって、個人的にはすっかり興味を失ってしまう”シカゴ”なんですが、1969年に登場した時は、ブラス・セクションを擁したロック・バンドという新奇性をフルに活かし、骨太且つ派手な、それはイカしたバンドでした。デビューから3作連続で2枚組という大胆な振る舞いもインパクトがありました。
    この曲は彼らの1st シングルですが、実はこの時、彼らは自らをアルバム名と同じ” Chicago Transit Authority”と名乗っていました。しかしこれは”シカゴ交通局”という実際今も存在する公的機関ですから、使わないようにとお叱りを受けて、2nd アルバムからは現名称に。
    彼らは基本アルバム名を『Chicago **』と通し番号をローマ数字で表記するのですが、今もしつこく活動を続けていて、最新アルバムが2014年にリリースされた『Chicago XXXVI』。読めますか?「36」です。つまり36作目ですね。音楽性が変わり果てているのに通し番号を貫くというのもなんだかなー、と思っていましたが、ここまでくれば、それはそれで貴重ですね。


    #4:Swing Out Sister「Am I the Same Girl」(シングル:1992年発売/from 3rd アルバム『Get in Touch with Yourself』:1992 年6月発売)
  • “スウィング・アウト・シスター”がヒットさせたこの曲もなかなかの歴史を持っています。1968年、最初にレコーディングしたのはバーバラ・アクリン(Barbara Acklin)という黒人女性歌手なんですが、世に出たのは唄の代わりにピアノでメロディを弾いた、”Young-Holt Unlimited”というアーティスト名によるインストゥルメンタルで、タイトルも「Soulful Strut」となりました。68年11月にシングル・リリースされ全米3位のヒットとなりました。アクリンのバージョンは69年2月になって発売され、79位。インストのほうがずっと売れたわけです。ただアクリンは、この曲の作者であり”シャイライツ(The Chi-Lites)”というボーカル・グループのリード・ボーカルだったユージン・レコード(Eugene Record)と結婚したので、まぁめでたし(?)。
    他にも歌ものとしてもインストとしても多くの人たちにカバーされているこの曲の魅力は、やはりイントロおよびサビのバックに登場するブラスのリフとそれに続く1拍半で駆け上がっていくキメのフレーズ。歌メロよりもこちらのほうが遥かに印象的です。
    このブラス・リフをさらにシンセで強調して、最も派手に、華やかに聴かせてくれるのがこのスウィング・アウト・シスター・バージョンなのです。


    #5:北島三郎「函館の女」(シングル:1965年11月10日発売)
    ※現在取り扱いがございません。
  • 「女」と書いて「ひと」と読ませる。この曲が大ヒットしたので、「尾道の女」(1966年)、「博多の女」(67年)、「薩摩の女」(68年)、「加賀の女」(69年)、「沖縄の女」(72年)……「横浜の女」(79年)と”女シリーズ”が、延々14年にわたって作られました。いずれも作詞:星野哲郎、作・編曲:島津伸男のコンビ。「函館の女」は先に詞ができてそれに曲をつけたのですが収まらず、あと1行増やすことになりましたが、星野さんなかなかできず、トイレに行ったら、「とても我慢ができなかったよ」というフレーズを思いついた、という楽しいエピソードがあります。
    イントロはブラス(やはり)に弦も加わった”ジャジャッジャジャ”という固まりがD→G→Bm→A(I→IV→VI→V)と畳みかけていくところが、まるで船が荒波をかき分けていくようでいかにも力強いのと、そこに、ド演歌なのに、エレキ・ギターが、ポール・アンカの「ダイアナ」とか50〜60年代ポップスによく登場するハネたアルペジオで絡んでくるのが、とっても楽しいです。


    #6:Earth, Wind & Fire「Fantasy(宇宙のファンタジー)」(シングル:1978年1月13日発売/from 8th アルバム『All 'N All(太陽神)』:1977年11月21日発売)
    • Fantasy/Earth, Wind & Fire

      シングル

      205

      Fantasy
      Earth, Wind & Fire
  • 本国アメリカでは32位、R&Bチャートでも12位止まりだったのに、日本では洋楽シングルチャート1位と大ヒット、ディスコでも大人気、というより当時のディスコ・ブームに拍車をかけた1曲であります。
    「宇宙」とか「太陽神」とかの大げさなタイトル(特に邦題)や、マジックの要素まで取り入れたエンタテイニングなステージなどから、ちょっと”お子様向け”のイメージが強くなっていったこの頃のアースですが、やはりその演奏力やサウンド構成力は半端じゃありません。
    とにかく”縦の線”と言いますか、16分音符のタイミングが、ドラム、ベース、ギターからブラス・セクションまでピシーッと合ってる。”打ち込み”ならいくらでもできますが、人間同士で合わせるとしたらなかなかここまでいくものではないと思います。身体機能の限界かもですね。


    #7:Yes「Owner of a Lonely Heart(ロンリー・ハート)」(シングル:1983年10月8日発売/from 11th アルバム『90125(ロンリー・ハート)』:1983年11月7日発売)
  • 70年代、プログレッシブ・ロックの雄として一世を風靡した”Yes”も1981年には解散。メンバーのうち、スティーヴ・ハウ(g)とジェフリー・ダウンズ(key)は”ASIA”を結成、残りのクリス・スクワイア(b)、アラン・ホワイト(dr)は南アフリカ出身のギタリスト、トレヴァー・ラビンとYes創設メンバーのトニー・ケイ(key)を誘い、”Cinema”を結成しました。”The Buggles”のトレヴァー・ホーンがCinemaをプロデュースして、アルバムを制作、ミックスダウン寸前になって、79年にYesをやめていたジョン・アンダーソン(vo)が合流、これならもうCinemaではなくてYesだということで、Yesの11枚目のアルバムとして発表されました。
    先行シングルとしてリリースされたこの曲は大ヒット、Yes初の全米1位となりました。当時画期的だったサンプリングのできるシンセサイザー「フェアライトCMI」によるド派手な効果音=”オーケストラ・ヒット”がとってもカッコよく使われたイントロがそのヒットを牽引したのではないでしょうか。


    #8:Phillip Bailey & Phil Collins「Easy Lover」(シングル:1984年11月発売)
    • Easy Lover/Philip Bailey & Phil Collins

      シングル

      205

      Easy Lover
      Philip Bailey & Phil Collins
  • どうもブラスが活躍している曲ばかりですね。やはりハデにするにはブラスが手っ取り早いようですが、ブラスに頼らないでがんばっているのを1曲。
    アース・ウィンド&ファイアのフィリップ・ベイリーとフィル・コリンズのコラボによる、全米2位&全英1位の大ヒット曲ですが、きっかけはベイリーのソロ・アルバム『Chinese Wall』のプロデュースをコリンズに依頼したこと。レコーディング・セッションもほぼ終わりかけた頃、ベイリーがコリンズにいっしょに曲を作らないかと持ちかけました。ベースのネイザン・イーストらも加わって、スタジオでセッションを重ね、「あ、それいいね」なんて言い合いながら形を作り、その夜のうちにレコーディングしてしまったそうです。
    なんと言っても、コリンズのドラムの音がいいですね。飛び出さんばかりに勢いがありながら、ドラム本来のナチュラルな響きも失っていません。録音エンジニア、ニック・トークス(Nick Tokes)とミキシング・エンジニア、ジョン・ポトカー(John Potoker)のすばらしい仕事。まぁ元のプレイもいいんですけどね。


    #9:Gerry Rafferty「Baker Street」(シングル:1978年2月3日発売/from 2nd アルバム『City to City』:1978年1月20日発売)
  • このスコティッシュのSSWの名前にピンと来ない人も、イントロが始まるときっと「あぁ、知ってる」となるのでは。でこの曲の印象はたぶん、イントロと間奏・エンディングに登場するサックスのメロディにつきます。歌の部分は世界がガラッと変わってとっても地味。全米2位の大ヒットもこのイントロなしにはあり得なかったと言っても過言ではないでしょう。
    ところでこのサックス・メロディについて、プレイしているラファエル・レイヴンクロフト(Raphael Ravenscroft)は、レコーディングに参加した時、現在サックスがある部分は単にブランクだったので、自分があのフレーズを考えて吹いたと語っています。もしそうなら、作者でシンガーのジェリー・ラファーティは、いなくてもよかったくらいですが、彼は、最初ギターでやったのが弱いと感じサックスに代えただけで、フレーズを作ったのは自分だと主張。2011年のリイシュー・アルバムにはギター・バージョンも収録されているので、ラファーティのほうが正しいようですが、実は、スティーヴ・マーカス(Steve Marcus)というサックス奏者の1968年のアルバム『Tomorrow Never Knows』に収録されている「Half A Heart」にそっくりなフレーズがあります……。


    #10:キャンディーズ「危い土曜日」(シングル:1974年4月21日発売)
  • なぜか「危ない」ではなく「危い」なのです。mysoundで「危ない土曜日」と検索しても出てこないから気をつけて。
    キャンディーズ第3作目のシングル。そう、まだスーちゃんがセンターの頃です。キャンディーズの中でも特にハードなロック・サウンドを持つこの曲は、やはりブラスが大活躍、しかもなんとこのイントロは完全に”Tower Of Power”の「What Is Hip?」ではありませんか!竜崎孝路のアレンジによる当時世界最先端のファンク・ロックと、森田公一によるド歌謡曲なメロディ、この取り合わせのダイナミクスが歌謡曲の真骨頂です。
    しかしチャートは46位どまり、次作から作・編曲も穂口雄右にとって代わられるのですが、ブレイクはランちゃんがセンターとなった5th シングル「年下の男の子」から。つまり曲のせいではなく、センターの問題だったのでは?
    私としては、こういうハード歌謡路線ももっとやってほしかったなと思う次第です。
  • 以上、「ド派手なイントロ」の曲を10曲、選んでみましたが、いかがでしたか?
    いずれものっけからいきなり「どうだー!」と言わんばかりの自己主張ですが、まあそれこそがイントロの役割とも言えるわけで、そういう意味では”イントロらしいイントロ”なのかもしれません。
    今回は、私の馴染みの古い曲ばかりですが、新しい曲でも「ド派手なイントロ」、ありますかね?発見したらぜひ教えてくださいね。

    いやぁ、それにしても、音楽ってホント飽きないですね♪

    Text:福岡 智彦

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