Premium Playlist ~小橋建太・みずき舞はやっぱり最強夫婦!? 全身麻酔も「そういうものかと思ってた」~

Premium Playlist ~小橋建太・みずき舞はやっぱり最強夫婦!? 全身麻酔も「そういうものかと思ってた」~
ケガや病気のたびに復帰を果たし、ファンに勇気を与え続けた元プロレスラー小橋建太と妻のみずき舞が、なんと揃ってご登場! ハンセンの椅子攻撃、ジャイアント馬場の感涙のひとこと、そして結婚式から娘とののどかな日々――。驚愕エピソードの連続攻撃に、聴き手のこちらは笑いと涙で大忙しだ。そして度重なる手術を陰で支えた妻のみずきさんは、思わぬ天然ぶりも披露!? 心に感動のハリケーンが吹き荒れる中、プロレス界の最強カップル賞を勝手に進呈します!

出会いから14年で結婚した二人のキューピッドとは?

出会いから14年で結婚した二人のキューピッドとは?(1)

─まずはお二人の思い出の曲を教えてください!

みずき舞(以下M):
やはり松山千春さんの曲です。主人は千春さんとずっとご縁があって。

小橋建太(以下K):(ジャイアント)馬場さんが千春さんと友達で。僕のタイツがオレンジになったのも千春さんのアドバイスなんです。当時僕は、馬場さんに「お前も赤がいいぞ」って言われて赤色のタイツを履いていて。ある時、東京ドームでの試合が終わって、馬場さんの控室で付き人の仕事をしていたら千春さんが入ってきて、僕に「お前さあ、若いんだからオレンジの蛍光色とかもっと派手なやつ履けよ!」って。

─あのトレードマークのオレンジのタイツは松山千春さんの一言から生まれた!

K:
付き合い始めてから彼女もすぐ千春さんに紹介して。

M:コンサートを一緒に観に行った時にご挨拶したら、第一声が「小橋のことを頼むな!」で。まだ付き合ってすごく日が浅い時だったんですけど(笑)。でも千春さんはいろんなご夫婦でそういうお話を聞いたことがあって、それで結婚した人もけっこういるらしくて。

─松山千春さんがキューピッドになったんですね!

M:
それで結婚式で歌っていただきたいとお願いしたら「曲は俺の方で選ばせて欲しい」と、当日まで何の曲か分からなかったんです。そして「俺が二人のために選んだ歌だ」と言われたのが『純 —愛する者たちへ—』。もう感動で涙が止まらなくて、歌っていらっしゃる間ずっとぐしゃぐしゃに泣いてしまって……。
  • K:もう1曲歌ってくださったのは『長い夜』で、この二人はもう長いんだというお話をされて。ただ、初婚で合わせて80歳の結婚式に出るのは初めてだって(笑)。
  • ─小橋さんは奥様の曲で思い出深い1曲はありますか?

    K:
    やどり木』っていう、杉良太郎さんが作ってくださった曲です。彼女は当時、(杉さんの妻)伍代夏子さんと同じ事務所で。それもあって、杉さんは僕ががんになった時、がんにいいという高価な煎じ薬を箱で送ってくださったんです。僕は杉さんとは面識がなかったんですけど。

    M:杉さんが病気の話を聞かれた時に「舞に曲を作るよ」と言ってくださって、それで作っていただいた曲なんです。


    出会いから14年で結婚した二人のキューピッドとは?(2)

    K:それ以来、杉さんがやっている厚生労働省の「知って、肝炎」プロジェクトに、EXILEとかAKBに混ざってスペシャルサポーターに選んでいただいたり、声をかけていただき食事にも行ったり、彼女抜きでも一緒に出かけるような付き合いができたんですよ。

    ─みずきさんは6月に新曲『港の雨は女の涙』を出されましたね。この曲の聴きどころは?

    M:
    歌詞が素晴らしいんです。作詞してくださったのは古川悦子先生という方で、日本音楽著作家連合主催の「藤田まさと記念・新作歌謡詩コンクール」というところでグランプリを受賞した作品なんです。「今度こそ 今日こそは」という歌い出しなんですけど、一番最初にその言葉が浮かんだそうです。
    待ち人を想う女心を歌っているんですけど、人生の歌でもあって。いろんな生き方があって、生きていると笑顔だけではいられない。でも、涙の中にも次に向かう光は見えるもので、ままならない人生のどんな場面でも「今度こそ 今日こそは」と光を見出すような強い思いを、この詞に託されたそうです。私も歌っていて、とても共感します。

「僕はハンセンの最後のライバル」

「僕はハンセンの最後のライバル」(1)

─では次に、小橋さんのテーマ曲『GRAND SWORD』について教えてください!

K:
ちょうどこの間、宝塚で『GRAND SWORD』に歌詞を付けて上演したそうなんですよ。作曲家の鈴木修さんが、宝塚の演出家の方と一緒にいる時に電話をくれて。

─確かにあの躍動感と劇的な展開は歌劇でも十分に心に響く名曲です! 完成までは鈴木さんとやり取りを重ねたとか?

K:
僕は昔『SNIPER』を入場テーマで使っていて、作曲した松原正樹さんも僕が使っていることを喜んでくれたと聞いていますし、僕も好きな曲だったんですけど、やはりオリジナルの曲が欲しいと思っていたんです。ちょうどその頃、プロレスの作曲では第一人者のようになっていた鈴木修さんが、僕の曲を作ってくれることになって。
「これは僕が今まで作った中で一番の曲です」と渡されたんです。橋本さんとか武藤さんとか有名な歌を作る中でも「一番の曲をどうぞ」と言われて、ありがとうございます、と受け取ったんですけど、聴いたら自分のイメージと違ったんです……。だから「すみませんけど違います」って返しました。

「僕はハンセンの最後のライバル」(2)

─ええーっ!

K:
いえ、いい曲なんですよ! でも僕は、先輩の三沢さんとか馬場さんとかを見てきて、やっぱりコールが起こるのが入場テーマのあるべき姿だと思っていたんです。だからみんなが「コ・バ・シ! コ・バ・シ!」って盛り上がる、コールしやすい曲っていうのが、僕が望む一番の条件だったんです。

「僕はハンセンの最後のライバル」(3)
「僕はハンセンの最後のライバル」(4)

K:あと、リングには喜怒哀楽がすべて含まれているんです。だから曲にも喜怒哀楽が欲しい。それに、試合はする人間だけではできないんです。みんなで作り上げるのが試合なので、試合前からみんなが一つになれるような曲が欲しかった。そういうふうに、どこが違うかセッションして。そうしたら鈴木さんは、僕の試合をいくつも、入場から全部観てくれて。

─そしてようやくできあがったのが『GRAND SWORD』だったんですね!
  • ─ほかの人の入場曲も聴いたりするのですか?

    K:
    昔よく道場で、全日本とかノアの入場曲が入ったCDを聴きながら練習してました。ひと通り入っているので、聞きたくない曲も飛ばさずに練習して(笑)。

    ─それが誰の曲か伺いたいところですが(笑)、他の選手の曲でお気に入りはありますか?

    K:
    うーん……。

    M:ハンセンさんとかは?

    K:ああ、ハンセンはよく若い時ボッコボコにされたんで(笑)。

    ─むしろあまり聞きたくないと(笑)。

    K:
    若手の頃って、僕が先に入場してハンセンが後から入ってくる。それをリングの上で聞いて「ああ、今日もハンセンかよ」って(笑)。

    ─(笑)。

    K:
    でもそれは落ち込んでいるわけでも気持ちが沈んでいるわけでもなくて、「よし、今日こそはやってやるぞ」と。ハンセンという存在がいたから自分が上がって来られたので。後半の方は僕の方が後から入場するようになった。すると扉の内側で聞くんです。その時も「ああ、今日もハンセンだな」と。だからあの曲は、いつもよく聴いてるなと思ってました。
    だからいまだに、バラエティとかで盛り上がるところでハンセンの「サンライズ」がかかると、「おっ!?」って(笑)。それぐらい日本人の心に染み付いている有名な曲なんで、僕も好きか嫌いかでいうと好きなんです。ただ、リング上で聞く時は別です。
  • ─気持ちがアガる曲として人気の曲ですけど、リングの上でよく聞いていたという逸話は初めて聞きました! 活動された時期は同じ時代ですよね?

    K:
    いや、歳も20近く離れているので先輩です。猪木さん、馬場さん、ジャンボ鶴田さんといった、そういう人のライバルだった。そして僕はハンセンの最後のライバルだったと自分自身では思っていて。若手の頃はボッコボコにされて、体の傷は全部ハンセンにやられた傷だというぐらい(笑)。それが最後にはハンセンに勝つようになって。そういう意味ではハンセンは異常に元気でしたよ。「若いやつに負けてたまるか」っていう。
    現役時代は喋らなかったですけど、お互いに引退してからそういう話をしたら笑ってましたけどね。ハンセンに椅子でどつかれて大流血して、22針縫ったことがあるんですけど、「覚えてるか?」って聞いたら「Oh! ソーリー(笑)」って、そのぐらいでしたね。僕も翌日もう試合しましたしね。試合が終わった後は縫ってあった糸が一本ずつ取れて行くんです。

    ─ええー…。

    K:
    でもまた縫えばいいですから。当時はケガするのは怖くなかったんです。それよりも試合に出られないほうが怖かった。昔ケガして、馬場さんと「休め」「休まない」っていうやりとりをしたことがあって。僕はその日、試合前のスパーリングで足をケガして歩けなくなったんです。その日は第1試合だったんですけど、今日は休めと言われて「出ます!」と。「休め!」「出ます!」と何度も言って。だって僕は馬場さんからそういう教育を受けているので。
    でもその時は、「俺が休めと言ったら休め」と馬場さんが怒ったんです。「今日来てくれるお客さんは、ジャンボ鶴田、天龍、タイガーマスクを観に来ているんだ。お前を観に来てるんじゃないんだよ。でもお前がトップに立った時、もう休むことはできないんだ」と。今は休めるから今日は休みなさいと。

    ─泣ける!!!!!

    K:
    それが1988年ぐらいで、ハンセンにやられたのはそれから6年後ぐらい。救急車で病院に行って、22針縫ってホテルに帰った時、ホテルで馬場さんが葉巻を吸っていたんです。馬場さんの顔を見たら、馬場さんがニコっと笑って葉巻をスッとふかして。僕は「どうもご迷惑をおかけしました」と言ってそのまま部屋に戻ったんですけど、そのニコッと笑った瞬間に、明日試合はあるなと思ったんです。
    馬場さんは何も言わなかったけど、お前はもうトップなんだから試合は休むことができないよっていう笑顔だったんです。そういうアイコンタクトができて。僕も休みにされてたら文句を言おうと思っていたので、よかったです。

    ─すいません、胸熱すぎてさっきからずっと涙ぐんでます! しかし奥様のみずき舞さんとしては心配ではなかったですか?

    M:
    当時はそういうものだと思い込んでたから、歯を磨く……とまでは行かないけど、日常のちょっとしたイベントぐらいの感覚で(笑)。

    「僕はハンセンの最後のライバル」(5)

    K:僕はこれまで13回、全身麻酔で手術をしてるんですよ。いちばん最初が1998年、三沢さんとの三冠戦でココ(鼻)が複雑骨折しちゃって、「ピチッ」っていったら鼻血が止まんなくなって。13回って、多いですよね?

    ─多いどころか、人によっては一生に1回あるかないかぐらいですよ!

    M:
    そのうちの何回ぐらいいたっけ?

    K:いちばん最初からいるよ(笑)。

    M:えっ、全部いる(笑)? でも確かに手術は全部行ってるので、13回もあったんですね…。でも「今日、手術だ…」と恐れる気持ちはまったくなく、普通に病室で雑誌を見ながら待ってたぐらいの感じです。

    「僕はハンセンの最後のライバル」(6)

    ─平常心すぎる! もう最強夫婦ですね!

    M:
    でも今の方が怖いですね。引退した時に本当に力がふっと抜けて「ああ、こんなに楽なんだ」って。やっぱりどこかで心配だったり、緊張感の中で生活していたんだなって改めて感じました。

“鉄人”のレパートリーは『アンパンマンたいそう』!?

─さて、2年前に待望のお子さんが誕生されました! ママが大好きなんですね~(※取材時はお子様も同席し、みずきママに可愛く抱っこされています)!

K:
僕のところには来ないですね。彼女がいない時だったら「しょうがないな」って感じでしぶしぶ来るぐらいで(笑)。

─人見知りの時期なのでしょうか?

M:
いえ、生まれた時から全然近寄らなくて(笑)。今はマシになりましたけど、誰よりも苦手だったというか(笑)。体が大きいから威圧感があるのかなと本人は納得してたんですけど、ある時、主人より体の大きい方に普通に抱っこされていて(笑)。

K:……。

M:でもある日、武藤敬司さんが越えたんです。

K:武藤さんとのトークショーがあって、彼女が本番前に娘を連れて控室に来たんですね。それで武藤さんが抱っこしたら「うわーん」ってすごい大声で泣き出して(笑)。それを見て、ああ、やっぱり俺はマシなんだって。

─安心したと(笑)! お子さんと一緒に音楽を楽しんだりは?

M:
やっぱり今は、お気に入りのキャラクターの歌が多いですね。

K:最近はアンパンマンです。子どもと二人で公園に行くと、周りにお父さんやお母さんがたくさんいる中で「アンパンマン歌って」って頼まれるんですよ。「いや、今はみんないるからね」って言っても「アンパンマン歌って!」って(笑)。

M:私には歌ってとは言わないのに、パパには頼むんですよ。あと、すごいなと思うのが、歌詞もちゃんと頭に入ってるんです(笑)。

─『アンパンマンたいそう』とかですか?

K:
ああ、それそれ。「いち にー さーん♪」って「サンサンたいそう」だっけな(笑)。いろいろあるんですよ、「ア~ンパ~ンマ~ン♪」とか。
  • “鉄人”のレパートリーは『アンパンマンたいそう』!?(1)

    M:いつもはワンフレーズでも絶対歌ってくれないのに(笑)。

    K:恥ずかしいんですけど、しょうがないから「アンパンマンは君さ~♪」って歌うんですよ。
  • ─小橋家の歌担当はまさかのパパだったんですか(笑)。“鉄人”の生歌メドレー、ファンはもうたまらないですよ!

    K:
    それでも懐いてくれないんですよ! 人生は厳しいです(笑)。

    M:大丈夫! もう少し大きくなったら、きっと懐いてくれるって。

    “鉄人”のレパートリーは『アンパンマンたいそう』!?(2)



    【PROFILE】
    みずき舞(MIZUKI MAI)

    1992年、本名の“細江真由子”で歌手デビュー。2004年から“みずき舞”に改名しテイチクレコード所属に。10年10月に小橋建太と結婚、15年8月に待望の第一子を授かり仕事と育児に奮闘中。

    みずき舞 オフィシャルブログ
    https://ameblo.jp/mizuki-mai/

    mysound みずき舞アーティストページ


    小橋建太(KOBASHI KENTA)
    1990年代~2000年代を代表するプロレスラー。がんや数々のケガに見舞われるもそのたびに復帰を果たす。2013年5月に惜しまれつつ引退、現在は大会プロデュース、大学講師、トレーニング指導など幅広く活躍中。

    小橋建太 Fortune KK
    http://www.fortune-kk.com/

    小橋建太 Twitter
    https://twitter.com/fortunekk0327

    ■2017年10月~12月の第二、第四土曜日 小橋建太プロレスエクササイズチャレンジ
    https://tsuku2.jp/events/eventsDetail.php?ecd=81810670307122
    3周年記念で実質半額!

    ■12月16日(土)小橋建太×関本大介&岡林裕二トークバトル
    http://shining-event.sakura.ne.jp/121601/


    Photo:Great The Kabukicho
    Text:明知 真理子
    Edit:仲田 舞衣

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