Connect to the New Party Generations ~子連れでも楽しめる世界のフェス、パーティーシーンから見えること~

Connect to the New Party Generations ~子連れでも楽しめる世界のフェス、パーティーシーンから見えること~
1998年創刊・国内屈指のダンスミュージック専門フリーペーパー『FLOOR』の編集長である芹澤直樹と、2010年から最先端ハウスミュージック・アーティストを招聘してのパーティーを開催するオーガナイザーMIO。ここ数年のTOKYOナイトライフを語る上で外す事の出来ない重要人物である二人の間に、昨年可愛い女の子が産まれるも、彼らの勢いは育児を理由に衰えるどころか、これまで以上にバイタリティ溢れる活躍を見せている。往々に、結婚や出産を機にダンスフロアから足が遠のいてしまう人々が少なくない中、音楽、仕事、育児、をこなすモチベーションの保ち方と、これまでの軌跡を訊いてみた。

海外のフェス、最先端のパーティーシーンを日本に紹介したい! というモチベーション

芹澤MIOファミリー

─昨今はコロナやバカルディなどの企業プロモーション・イベントの企画制作を手がけ多忙なようですが……。

芹澤直樹(以下N):
僕らがそれぞれ90年代から続けているパーティーのオーガナイズや、DJなどの音楽活動に加え、『FLOOR』の編集など、ライフワークとしているダンスミュージック・カルチャーやパーティーのオーガナイズが専門分野として仕事に広がっていったというか。

MIO(以下M):元々私がオーガナイズしていたイベントに来てくれていたお客さん達には、モデルやファッション業界の人達やカルチャーを発信する側の人達が多くて、そういう人達が私達に相談してくるようになったのが段々スケールアップしてきたと言う感じがありますね…。

─では営業に出向いて企画をプレゼンするというような形ではなく、先方から依頼が来る感じなんですか?

N:
もちろんそういうケースもあります。でも僕たちのスタンスはクライアントと一緒に創って行くというか…。 いま話に上がったバカルディジャパンさんが主催するイベント「BACARDÍ “Over The Border”」では、ブランドメッセージである「“Over The Border”=概念を超えろ」というテーマがあり、そういった表現や活動をしている音楽アーティストやクリエイターをご提案して、ブランド側と一緒に作っていったというか。
このイベントでは、概念を超えたアーティストたちが集う「音楽フェスティバル × アートミュージアム」を創り、音楽とアートのカルチャーをカクテルみたいにミックスして境界線を越えることをチームで意識したんです。それで来場者はもちろん、参加したアーティストも「体験として “Over The Border”を感じてもらいたい」と考えていて。
「CORONA SUNSETS」に関しては、僕は初年度からDJとしてブッキングしていただいており、アーティストとして参加してました。その中で仲の良いブッキング担当の方とキャスティングに関して話をしていて、「例えばこういう人どうですか?」って、 自分のDJや音楽雑誌で培った知識と世界各地のビーチフェスで実際に見てきたヤバかったアーティストたちを紹介したりして、コミュニケーションをとっていたら仕事に変わっていました。ブッキング担当の方もすごく音楽に詳しくて、ただビーチというロケーションにあった音楽ということだけではなく、「あの楽園のようなビーチで、どの時間帯にお客さんがどのような過ごし方をしてるか?または、どのような過ごし方を提案したいか?」といった観点から音楽を考えるというのは、僕自身も勉強になりました。

https://www.facebook.com/BACARDI.OverTheBorder/?ref=br_rs
*彼らが手がけた「Over The Border」のイベントの様子はコチラ!

─二人はどういう役割分担で仕事をこなしているんですか?

N:
簡単に言うと僕が音楽の専門家で、彼女がパーティーの専門家です。
僕はそもそも編集をしていたり、DJでもあるので、クライアントさんが求めているイメージに合ったセレクションやプロジェクト全体の企画を練ったりしてます。

M:私は元々がパーティー・オーガナイザーなので、直樹から提案のあったアーティストのブッキングや進行管理、当日の会場のムードメイカーという役割に徹しています。役割分担という事で言えば、私は昔からのパーティーの人脈に面白い人や凄い才能のアーティストを知っているので、そういう人達を紹介する人。で、私にはその才能ある人達をオーバーグラウンドの企業と繋ぐような術を持っていないので、彼らと企業を繋ぐ役割を直樹がしているという感じです。

N:僕は、当日を迎えるまでの段取りを整える感じで、イベント開催の際はDJも勿論するんですけど、音楽以外は使い物にならない感じで、現場はMIOが完全に仕切っている時が多いです…(笑)。

─海外のフェスにも頻繁に出向いているようですが…

N:
これまでも『FLOOR』の編集者として海外のフェスなどを紹介してきた事もあり、その盛り上がりを日本にも紹介したかったんです。世界中ではこんな場所でフェスをやってるよって、それこそジャングルの奥地だったり、マヤの遺跡だったり。そんな中、トルコ航空さんに「トルコ航空で行く世界のフェスティバル」というような企画に賛同してもらい、しばらくの間海外のフェスをリポートするという内容で海外のフェスを体験する機会に恵まれました。

FLOOR Vol.15の紙面
FLOOR Vol.15「Hang Out The World with Turkish Airlines」 メキシコの遺跡で開催されたフェスティバルを取材した時の紙面。

M:そもそもは雑誌の企画ではあるんですけど、行った先のフェスで体験して「いいな!」と思った未だ日本には入ってきていないムーブメントやアーティストをそこでブッキングして帰って来るという事をよくやっていました。

N:勿論本筋である取材はしてくるんですけれど、基本自分たちがとことん楽しむ。を徹底しています。結果そこで知り合った人や、見てきたもの、体験してきた事が、自分たちの活動にフィードバックされて、気がつくと仕事になっていた…。別の仕事をしに行ったはずが、帰国したら他の仕事に繋がる要素をたくさん持ち帰ってくる結果になった…。という事が少なくないですね。

─本来の仕事を依頼したクライアント的にはそれでもOKなんですか?

N:
結果全てが良い感じに盛り上がって全員ハッピーになる所に着地したので、全然問題なかったです(笑)。
今振り返ると、とことん遊んで、DJもやって、『FLOOR』という媒体で自分が体験してきた事を紹介して…。最初は大変な事も色々あったけれど、今こういう立ち位置で仕事が出来ているのは妥協しないで遊んでいたからこそだと思います。

ルーフトップパーティーの様子

─海外で経験した事を日本に持ち帰って紹介したと言う事ですが、例えばどんな事を?

M:
海外ではプールサイドやビルの屋上を利用してのルーフトップパーティーが流行っていたんですが、6年くらい前は日本ではあまり一般的ではなかったんですね。

N:で、企業さん達から「面白いプロモーションイベントをやりたい!」とか、「こんな感じのイベントをやりたいんだけど、DJをブッキング出来ないか?」という相談を受けた時に僕らの体験してきた事が発揮される感じです。ロケーションだったり、コンセプトだったり、様々ですが。

M:おかげさまで色んな海外のフェスに参加させてもらえる環境で、日本ではまだ知られていないカッコイイDJや音楽にいち早く触れる事ができて、そうしたアーティストを日本に何処よりも早く紹介できる環境が『FLOOR』の広告という1つの要素だけで終わらずに、どんどん新しいものに還元されていった…。
タイミングよく企業さんから相談を受けた時に提案したプールサイドでのイベントやReebokさんにホテルの屋上を使ったルーフトップパーティーを提案したら興味を持ってくれて賛同してくれたり…。相手の求めている事と、自分たちのやりたい事、楽しい事が合致して進んで行くイベントであれば、会場の雰囲気も自ずと楽しくなりますよね。

N:僕とMIOとの出会いもそうですが、1+1=2という単純な足し算ではなく、一つ一つの要素が合わさった時に、それが2倍にも4倍にもなるような結果として残るという状況に非常に感謝しています。

BACARDÍ “Over The Border”の様子

─では、そんなお二人の今に至るルーツを聞かせてもらえますか?

M:
90年代中期、大学生だった頃に先輩に連れて行かれたトランスのパーティーに感銘を受けたのがきっかけです。当時のトンがった格好良い人達が集まっていて「私もパーティーをやりたい!」と、すぐに仲間たちと始めたのがきっかけです。周囲でも、イベントをオーガナイズする人達が結構いましたが、大概は皆DJに憧れて「DJをしたい!」という思い先行でオーガナイズするケースが殆どだった中、私は全くそういう事では無く、むしろ音楽の事とか全然詳しくないし、アーティストの名前も曲名も知らない。という中でオーガナイザーになるという興味だけに特化していました。そういう経験がそのまま今、生業になっているという。

N:僕の場合は当時『egg』とか『東京ストリートニュース』といった雑誌の読モをしていて、毎日渋谷でサバイブしていました。ガングロ・ロン毛みたいなチャラかった時代に、やはりトランスが入り口になっていて、「自分もDJがしてみたい」という思い先行で、機材を買い揃えて曲を作り始めました。そのあとに自分がプレイできるイベントが欲しくて、オーガナイズを始めたことがきっかけです。

─では二人とも入り口は90年代のトランスがルーツなんですね!?

M:
そうですね。初めて企画したパーティーも、秩父のキャンプ場でのトランス・パーティーでした。岐阜の山奥のキャンプ場などでもやりましたし、今振り返ると結構コアな事をやっていましたね…。そこで学んだノウハウは、失敗も含めて今の活動に生かされていますし、何よりもその当時に作った友人や人脈は今の私達を支えてくれています。

─そうしたトランスから今のようなハウス寄りのイベントにシフトして行ったのはどのような心境からだったんですか?

M:
私は自分が「気持ち良い」と、感じられる音楽は嗅ぎ分けられてると思うんです。あとは、ダンスフロアで楽しんでいるお客さん達のリアクションや空気を察知できるので、そうした感性が段々トランスから離れていった時に、アンテナに刺さる「良いな!」と感じる音楽がPLAYされているイベントが周囲には無かったんですね。「だったら自分でやってしまえ!」という事でLiLITHをオーガナイズするに至りました。

─その時はまだ直樹氏と一緒ではないんですよね!?

M:
最初の数回LiLITHは私一人でやっていました…。

N:僕はまだその当時は別のイベントをオーガナイズしていて、そんな中「DJとオーガナイズを両立させ更に家族を養って行くって厳しいな…」と、感じていた時期ですね。このまま音楽で生活をしていくのは厳しいんじゃないか!?と、悩んでいた。そんな時に、ポっと出てきた女性オーガナイザーが、1回目のイベントに800人も集めて会場をパンパンにしている(苦笑)。

─その頃、まだ二人には接点がなかった?

N:
いや、接点はあります。それこそ2000年代前半からお互いを知っていました。
実は僕、その頃は別のパートナーが居て、二児の父でもあったんです。当時を振り返ると、自分のやりたい事が出来ない状態で、結構辛い時期だったんですよね…。家族を養うために、自分のやりたい事を諦めなければならないのか!?その事でずっと悩んでいて…。奥さんや子供達が嫌になったという事ではなく、むしろそんな自分自身が物凄く嫌いで、それを変えたかった…。

M:逆に私は一人でオーガナイズをしていて、アーティストをブッキングする事に行き詰まっている状況で「私の好みの音を解ってくれるレジデントDJが居てくれたらどんなに良いだろう…」と考えていたところだったんですね。そこで直樹に「自分のパーティやめてLiLiTHでやれば?」って誘った。

─そんなタイミングでお互いの足りない部分を完璧に補い合える二人が出会ってしまったと!?

M:
当時勤めていた会社が東京から撤退して岐阜に拠点を移すという事になって、流石に岐阜には行けないなあ…という事で失業したんですね。そんな中、再就職を考えた時に、自分がこれまで培ってきたノウハウと人脈を活かして、パーティー・オーガナイザーとして生きてみよう!という決断をした時期でもあるんです。 自分がやりたい事に妥協はしたくなかったし…。とはいえ、一人でやっていくには限界を感じ始めていた時に直樹がやってきた…。

子供がいるからこそ経験できる、今まで体験した事のない新しい楽しみ方や出会い

芹澤MIO夫妻

─立ち入った話に踏み込み始めちゃってますが、芹澤家の家庭問題は大丈夫だったんですか?

M:
勿論、当時は散々いろんな人に叩かれましたし、自分達がこの事で嫌われていると感じる事もありましたし、それは当然だよなあ…と、素直に受け入れました。

N:自分達だけが幸せになるような事にはしたくなかったので、前妻にも子供達にも幸せになって欲しいという思いから、ここ数年は「態度で気持ちを伝える」ということに徹しました。ともに過ごす時間、それこそパパと過ごす楽しい時間の企画だったり(笑)、小学校や保育園の行事は、その日の朝までDJをやっていても必ず参加してきました。
前妻が仕事で子供を見られない時はもちろん、一緒に相談して、新しい理想の形を作れるように。いまでは、娘3人をMIOと一緒に旅行に連れて行ったりということも出来ています。皆の理解がなければ成得ない、本当に幸せなことです。

─僕は個人的に前妻さんを知っているので、こう言うのもなんですが、大変そうだけれども、彼女も人生を相当エンジョイしているように見受けます。

N:
ありがとうございます。彼女もパーティーピープルなので、娘二人を連れて世界各地のフェスティバルに参加していたりと、人生をエンジョイしてくれているようで嬉しいです。

─「子連れでフェスに出向く!」という話題が出たので、少しそちらの話を伺ってもいいですか? 最近お二人も、生後間もない娘さんを連れて海外のフェスに参加したようですが、心配事や、不安などはありませんでしたか?

M:
幸いな事に、うちの子は凄く手がかからないので、大変と思う事は殆どなかったです。

─子供が出来た事がきっかけでパーティーやフェスなどに参加しなくなってしまう…というケースは少なくありません。

M:
私自身の経験から言うと、子供が生まれる前と後では会場での楽しみ方は勿論変わりました。「今までと同じ遊び方」を求めようとすると流石に無理はあるでしょうけれど、子連れで参加するフェスというのは、子供が居るからこそ経験できる今まで体験した事のない新しい楽しみ方や出会いも増えて楽しいです。

N:みんな行く前にいろいろ心配して諦めてしまうんですよね。勿体ないです。

─ではそんな人々にアドバイスはありますか?

M:
心配しすぎない事。「こうしなければいけない」みたいな概念に囚われずに、臨機応変に対応する事。

N:もし心配があるならば、その心配事に対応出来る準備さえしていけばなんとかなりますよ。防寒も含めて着替えを多めに持って行くとか、子供の耳を保護するためにイヤーマフ(消音ヘッドホン)を用意するとか…。後は、子供を連れて行って楽しめる環境のフェスかどうか?を、事前に下調べするのが最も重要かもしれませんね。

CORONA SUNSETS FESTIVALの様子

─最近ではキッズエリアを設けているフェスも増えてきていますね。

M:
そうですね。うちの子供のような乳幼児だと、まだキッズエリアは早すぎるんだけど、同じ境遇の家族グループで近いエリアに拠点を作ったりすると心強いですね。あと、ダメだと思ったら無理して居続けない。子供が順応しなかったらさっさと撤収して帰る。という位の気持ちで参加すればストレスがないと思います。

まあ、そうならない為にも事前の情報収集は必須ですね。子供にとって、トラウマになってしまって「もうフェスには二度と行きたくない」みたいになってしまったら元も子もないですし…。

N:僕の場合は、前妻との間の子供達にも言える事ですが、小さい頃からフェスの経験があるので、順応しているところはありますね。あとは普段からのライフスタイルも重要だと思います。やはり『三つ子の魂百まで』ではないですが、幼少期の経験は強いですよね。

─では、普段のライフスタイルの中で子供と一緒でもストレスなく聴けるようなオススメの楽曲があれば紹介してもらえますか?

N:
家で子育てしながらゆっくり聴けるおすすめ楽曲という事であれば、この辺りがいいと思います。

Dave Gerrard - Generation Five (Original Mix)

Childish Gambino – Redbone

Blood Orange – Chamakay

The Internet - Girl (feat. KAYTRANADA)
    • Girl/The Internet feat. KAYTRANADA

      シングル

      257

      Girl
      The Internet feat. KAYTRANADA
  • Dopehead - Guttah Guttah (Original Mix)

    ─子供連れで楽しめるようなフェスをお二人で企画するような案はありますか?

    M:
    いずれやりたいとは思うんですけれど、今の状況だとなかなかそこまで手が回らないんですよね。適した会場を探しにいく時間がまず無い。

    N:芝生があって、のんびりできて、サンセットを眺めながらとか、雨が降ってきても屋根のある場所に避難できるような場所で、子供達が遊べる遊具も充実しているような場所…。そして何よりそれをオーガナイズする資本というのが一番のネックですよね…

    M:やるのであれば、都会で成立するデイパーティが良いんですよね。都内近郊で電車でベビーカー押して行けるような…。

    N:いい企画、考えます!!

    M:9月にはULTRA JAPAN内のULTRA PARKのブッキングのお手伝いをさせて頂くほか、LiLITH名義でのイベントは12/9にVENTでの開催を予定しています。是非、普段パーティーシーンに馴染みのない方達にも足を運んで頂きたいですね。


    LiLITH
    https://www.facebook.com/LILITH.TOKYO/


    Text, Photo & Edit:KOTARO MANABE
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