キーは「コミュニティ・ビルド」と「ファン“改宗”」。多民族国家・シンガポールに聞くローカルバンドと音楽ビジネスの育て方

キーは「コミュニティ・ビルド」と「ファン“改宗”」。多民族国家・シンガポールに聞くローカルバンドと音楽ビジネスの育て方
アメリカのバンドを挙げてみてと言われたら、音楽通でなくとも一つは思いつくだろう。イギリスも然り。オーストラリアくらいだとちょっとキビしくなるかもしれないが、この国はかなり難問のはず。「シンガポール」だ。

ローカルが埋もれた国、音楽の可能性

シンガポールは、民族と文化が交差するモザイク国家だ。そびえ立つ海外企業の高層ビルの下にはチャイナタウン、リトルインディア、アラブ街に欧米人エリアが広がり、年間で人口のおよそ3倍の1,500万人が観光客として訪れる。街中がインターナショナルで溢れかえり、ローカルが“埋もれている”国だが、いま、ローカルのカルチャーが少しずつ育とうとしている。特に、ミュージックシーンが成長中だという。

実情を知るべく、シンガポールのレーベルサービス会社「Secret Signals(シークレット・シグナルズ)」に取材。5年ほど前から国内外のアーティスト宣伝やマーケティングに携わり、国内アーティスト支援にも力を入れている。

立ち上げ当初からのメンバー、エズモンド・ウィー(Esmond Wee)、サミーア・サドゥー(Sameer Sadhu)、エドウィン・ワリマン(Edwin Waliman)に「シンガポールのローカルミュージックシーンと音楽ビジネスの可能性」について、掘りさげてみた。

エズモンド・ウィー(Esmond Wee)、サミーア・サドゥー(Sameer Sadhu)、エドウィン・ワリマン(Edwin Waliman)
エドウィン (Photo:Mark Teo)サミーア (Photo:Evan Bonnstetter)エズモンド (Photo:Dawn Chua)

─シンガポールは世界屈指の大都市で、多文化国家です。しかし独立してやっと50年、と若い国でもあり国内音楽シーンはあまり知られていません。まずは、シンガポールの音楽文化について少し教えてくれますか?

エズモンド(以下、E):
ぼくたちの国は多民族で、4つの公用語(英語、マレー語、中国語、タミール語)と、100年以上もイギリスに統治されていた歴史がある。だから各民族の音楽文化が手つかずに流入してきたし、1970年代は国内のロックシーンだって栄えていたんだ。でも政府がロックを禁止してからというものの、しばらくそのシーンはしぼんでしまった。

まあ、でも苦境からいいモノって生まれたりするわけで。抑圧の反動で、80年代後半になるとアンダーグラウンドシーンが盛り上がったりしたんだ。だから、常にシンガポールの音楽シーンは自分たちの「アイデンティティ」を探し求めているように感じる。

─エズモンドとサミーアは、10年以上前から音楽ビジネスに関わっていますが、ここ10年でミュージックスタイルやビジネス体制などはどう変容してきましたか?

E:
だいたい5年サイクルで、新しいバンドやミュージシャンが芽吹いている印象があるね。どの世代もレコード制作にライブにと頑張っている。たとえば、インディーポップバンドのThe Sam Willows(ザ・サム・ウィロウズ)や、シンガーソングライターでぼくたちの元クライアントでもあるGentle Bones(ジェントル・ボーンズ)は国内のメジャーレーベルと契約したり。最近は、ショッピングモールやお茶の間など日常シーンで地元アーティストの曲を耳にするようになったよ。これはすごく健康的な成長だ。

The Sam Willows(YouTubeチャンネル): https://www.youtube.com/user/thesamwillows
  • Gentle Bones(YouTubeチャンネル): https://www.youtube.com/user/gentlebones

    シンガーソングライター、Gentle Bones(ジェントル・ボーンズ)
    Gentle Bones(ジェントル・ボーンズ)

    ミュージックスタイルだと、米英のトレンドが影響しているかな。だからひと昔前に流行ったニュー・メタルバンドはもう見かけないけど、逆にハードコアやパンクシーンはいつも活発だったり。

    サミーア(以下、S):シンガポールはまだ若い国だから、過去にアートやカルチャーが特別に栄えたことはないんだ。かつてシンガポールアーティストの多くは、影響を受けたアーティストとして海外バンドやシンガーをあげていたし。
    でもここ2、3年で、「シンガポールのバンドにインスパイアされて音楽をはじめた」というようなローカルバンドが多くなってきているんだ。だから、ますます若手アーティストの育成が重要になってくる。

    E:その通り。それに経済成長のおかげで、政府が若手アーティスト育成のために奨学金制度を設けて資金援助ができるようになった。国内ミュージシャン支援のため、数年前には非営利団体「ミュージック・ソサエティ・シンガポール」も設立されたんだ。

    エドウィン(以下、EW):あと確かさ、地元ラジオ局もローカルバンドの曲をある一定の割合で流さなくてはならない、とルールをしいてサポートしているらしいよ。

    ─ローカルミュージックシーン、政府をあげての歓迎ムードなのですね。みなさんが2012年にシークレット・シグナルズを創設したのも、ローカル音楽シーンをサポートするためだとか。

    E:
    成り立ちの原点は、ぼくたちみんなが携わっていた「Wake Me Up Music(ウェイク・ミー・アップ・ミュージック)」というレコードレーベル/イベント会社。そこで音楽フェス運営やCD・レコード販売、国外のインディーズ配給会社とやりとりをしていたんだ。というのも、シンガポール国内には音楽ビジネスのちゃんとした基盤がなかったから。

    ─というと?

    E:
    シンガポールでは、アメリカや日本のように音楽産業が成熟していない。だから、その昔はたとえばイベント会社からバンドにギャラがきちんと支払われていなかったり、本来なら分担されるべきマネージャー、ブッキングエージェント、パブリシスト(広報・宣伝)の役割を一人がこなそうとしていたり、ということが多々あったんだ。アーティストマネージャーがブッキングも、ソーシャルメディア管理、マーケティング、契約などの法律関係も処理する、みたいなね。

    EW:マネージャーが専門外の業務を3つも4つも兼任していては機能するはずがない。だから、ぼくたちがミュージシャンをマネージャーやマーケティング、パブリシティなど各スペシャリストたちにコネクトしはじめたんだ。たとえば、マネージャーはいるけどどうやってダウンロード販売したらいいのかわからないバンドには、デジタルディストリビューションのスペシャリストに繋いであげる。みんなが一緒になって産業を成長させようとしているって感じかな。

    マイルドライフ
    M1LDL1FE(マイルドライフ) (Photo:Jasper Tan)
    M1LDL1FE(YouTubeチャンネル): https://www.youtube.com/channel/UC9XDxRaB5hd2lxRTkIpn_TA/featured

    ─なるほど、やっとビジネスの基盤がつくられてきている段階ですね。ライブの収益なども重要になってくると思いますが、なんでもシンガポールは地価の異常な高騰で、ライブハウスが充実していないとか...。

    E:シンガポールにはライブハウスがほとんどないと言って等しい
    。とにかく家賃がバカ高いから中くらいのサイズのベニューが足りないんだよね。バンドはバーやパブでプレイするのが基本で、バーのミュージックナイトでカバーバンドが演奏することはよくあるけど。

    ─じゃあ、DIYベニューなどが生まれたり?

    E:
    いや、DIYベニューは2、3ヶ月くらい存在したとしても、騒音の苦情で警察にシャットダウンされることがほとんど。
    だから、さっきも言った通り、ライブはバーやパブ、大きな規模になると総合芸術文化施設の「エスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイ」(https://www.esplanade.com/)、それに近頃はインディーズ系ブランドの新作発表パーティーやイベントなどでもバンドがショーをしたりもすることも増えてきたかな。

    ─フェスはどうでしょう? St Jerome’s Laneway Festival(セント・ジェロームス・レーンウェイ・フェスティバル)やNeon Lights(ネオン・ライツ)あたりが有名ですが。

    E:
    その二つのフェスのラインナップは海外バンドがほとんどだよ。ローカルバンドは1、2組ぐらいだと思う。
    でもね、ローカルアーティストのみ出演のフェスもあるよ。エンターテインメント・プロダクション系の専門学校生がプロジェクトの一環として、業界人の助けを借りてオーガナイズするような。ただこのようなフェスは無料なんだ。だから(音楽ビジネスとしての)次のステップは有料にすることじゃないかな。音楽にかけるお金って、昔はCDアルバム1枚で18ドル(2000円)、iTunesが普及して9~12ドル(1000円~1300円)、で、今となってはSpotifyで聴き放題1ヶ月9ドル(1000円)までになってしまったよね。1日5ドルのコーヒーなんてやめて、その5ドルをいい音楽に費やしてほしいよ(笑)。

    ザ・サマー・ステイト
    The Summer State(ザ・サマー・ステイト)(Photo:Gabriel Lean)
    The Summer State(YouTubeチャンネル): https://www.youtube.com/user/thesummerstate

    ─三度の飯より音楽好きとして、とても共感できます。デジタル配信が一般的になったいま、ローカルアーティストの音楽をプロモーションしていく際、何が重要でしょうか?

    E:
    コミュニティ・ビルディング、じゃない?

    EW:同感。確かにiTunesやSpotify、Apple Musicでのプロモーションも欠かせない。けど、一番大事なのって、「ああ、このバンド知ってる」から「このバンドのファンになった!」とファンに“改宗”してもらうこと。だからライブのあとにはオーディエンスと積極的に交流して、サインや写真撮影も丁寧にしたり。デジタルやテックができない人との繋がりを実現するんだ。

    E:そうそう、ある音楽業界人が言っていたけど、バンド成功の基本は、「とにかくライブやイベントに参加すること」。自分のバンドがプレイし終えても帰らずに次のバンドもみる。ライブ繋がりで友だちになる。そういうところから、今後お互いのイベントでサポートしあったりと、チャンスが生まれるから。

    EW:それに自分のファン層に一番効果的な訴求の仕方を考えなければいけない。例えば、メインファンがティーンというバンドなら、キャンパスツアー。地元の中学校・高校を回って集会のときにゲストパフォーマンスするんだ。「Invasion(インベイジョン)」(http://invasionsg.com/)というコミュニティ主導の企業があって、地元アーティストを学校に招喚する手助けをしている。国内の音楽シーンをローカルキッズに紹介することで、「音楽がキャリアにもなるんだ」と次なる音楽人の育成にも繋がるしね。

    ─次は、シンガポールアーティストの海外進出に関して。現クライアントでもあるR&Bシンガー、Ffion(フィオン)がインドネシアでファンベースを広げたり、ポストハードコアバンド、Villes(ビルス)がオーストラリアのラジオ局にピックされたり。ローカルミュージシャンの海外進出、露出を最大限にするためのコツなどはありますか?

    Fifon(YouTubeチャンネル): https://www.youtube.com/user/TheFfionWilliams
    Villes(YouTubeチャンネル): https://www.youtube.com/user/Villesband

    フィオン
    Ffion(フィオン)(Photo:Ian Lim)

    ビルス
    Villes(ビルス)(Photo:Jasper Tan)

    EW:その国のどのメディア媒体で宣伝していけばそのミュージシャンが一番ファンに届くのかをしっかりとリサーチして、媒体と国、ミュージシャンの親和性を見極めることかな。

    フィオンの場合だったら、読者層にファンが多そうな『NYLON Indonesia』でインタビューを組んだり、ビルスの場合は、ヘビーなミュージックにフォーカスするラジオ局に売りこんだり。手当たり次第、媒体にコンタクトするのではなく、特定の音楽ジャンルで影響力のあるメディアを選ぶ。

    S:ぼくは、シンガポールの若手シンガーソングライター、Linying(リンイン)をカナダの大手レーベルと契約するサポートをしたんだ。このアーティストを信じる、と直感したら、とにかく次のレベルに行くまで助けるからね。

    ─シークレット・シグナルズの顧客には、米・インディーズレーベルのHopeless Records(ホープレス・レコード)やイタリアのRude Records(ルード・レコード)もいて、Yellowcard(イエロー・カード)やSUM 41(サム・フォーティーワン)など欧米バンドも国内でプロモートしています。海外バンドの力を借りて、どう地元音楽シーンを元気づけられると思いますか?

    E:
    うーん、興味深い質問だね...。コラボレーション、かな。

    S:うん。海外バンドと地元バンドがお互いのマーケットを知って、情報交換したり、曲をどうやって、誰と書くのかなど制作プロセスもシェアしたりとかね。

    ─今後シークレット・シグナルズは、シンガポールのローカルミュージックシーンにどう関わっていきたいですか?

    S:
    いまやっと音楽シーン・ビジネスの基盤ができてきた。とても重要な段階にいると感じている。これからはぼくたちもアーティストのビジョンに少しでも近づけるように、お互いに助け合いながら成長していきたいね。


    Interview&Text:Risa Akita(HEAPS Magazine)
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