中南米はアコーディオンと美女天国! 【知られざるワールドミュージックの世界】


世界には知られざる音楽が山のように存在する。民族音楽やワールドミュージックと呼ばれるいわゆるご当地モノの幅広さはいうまでもないが、それ以外のポップスやロックなども、その土地ならではの香りに包まれている。この連載では、そんなありとあらゆる音楽の中から、定番ではなく、知っているとちょっと自慢できそうなニッチなものを紹介していきたい。

アコーディオンはヨーロッパだけではない!

というわけで、記念すべき第一回目に訪れるエリアは中南米。いわゆるラテン・アメリカだ。ラテンというと、どうしても陽気でノリノリなサウンドを思い起こすはず。どこかマッチョで力強いリズムや情熱的な歌声というのが、一般的なイメージだろう。そういったパワフルな音楽に混ざって、意外にもアコーディオンのおとぼけた音色が好まれていることはご存知だろうか。

アコーディオンという楽器は、学校の授業で弾いた経験がある人も多いであろう日本でもポピュラーなものだ。蛇腹の胴体と鍵盤をむりやりくっつけたような形の楽器をリュックの前掛けみたいにかついで演奏する姿もよくよく考えればちょっと面白いし、ジョワーッと響いてくるその音色も、どこかふわっとしている。そんなことからも、アコーディオンと言えば、やはりフランスのシャンソン(ミュゼットというジャンルもある)やロシア民謡のようなヨーロッパらしいソフトで哀愁を感じさせるサウンドの印象が強いだろう。​​​​​​​


ブラジルの“フォホー”や“セルタネージョ”でこの国の芳醇な文化を知る

だが、実は南米諸国でも、いたるところでアコーディオンの音色が響いている。とくに人気なのがブラジルだ。ブラジルといえばサンバやボサノヴァをすぐに連想するだろうが、これらはブラジル南東部のリオ・デ・ジャネイロが中心。リオから北へ1500km以上離れると、まったく違うというくらい音楽文化圏が異なってくる。例えば、レシフェという街では、“フォホー”という音楽が大人気。そのジャンルで突出したレジェンドがルイス・ゴンザーガだ。
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サングラスにヘンテコな革製の帽子を被り、朴訥な歌とアコーディオンを聴かせるゴンザーガは、一介のローカル音楽だったフォホーをポピュラリティあるジャンルへと昇華した立役者。ヨーロッパのポルカにブラジル的な躍動感や哀愁を加えたような印象を受けるフォホーは、老若男女関係なく歌ったり踊ったりする音楽なのだ。近年では、ロックやヒップホップと融合した新しいフォホーも増えている。
 

パンクでもヘンテコ帽子は健在だ!

 


“セルタネージョ”はサンバやボサノヴァよりも人気の高いジャンル

ブラジルのアコーディオン普及率は非常に高く、いわゆるポップス系でもこの楽器を使うことが多い。なかでも、“セルタネージョ”といわれるジャンルはアコーディオン・サウンドの宝庫。セルタネージョとはいわゆる田舎風の音楽で、米国でいうカントリー、日本でいうと演歌みたいなもの。とはいえ、スタジアム・クラスの会場を満杯にすることができるアーティストもゴロゴロ存在し、堂々たる大御所から美男美女のアイドルまでがとにかくポップなメロディを歌い、そのバックにアコーディオンが大活躍するのだ。
 

“セルタネージョ”は、楽曲のいなたさとは裏腹に客の美女率が高いことでも有名だ。このライブの観客席にも、ステージ側にいてもおかしくないレベルの美女が多数!

 

ご覧の通り、歌と同じくらいアコーディオンが聴こえてくる。歌手と同じくらい主役を張っているといってもいいのだ。この曲は、サッカー選手のクリスティアーノ・ロナウドが試合中に踊ったことがきっかけで世界的に大ヒットし、様々なカヴァー・ヴァージョンが作られたことでも有名だ。日本でも「VIVA! Nossa Nossa」というタイトルで遊助が歌っていたこともあり、聴き馴染みがあるかもしれない。
 

さらにディープな雰囲気を持つコロンビアの“バジェナート”

そんなセルタネージョに似た音楽は、ブラジルの隣国コロンビアにも存在する。“バジェナート”というジャンルで、カリブ海沿岸で発展していったサウンドだ。バジェナートはキューバからの影響も色濃く、リズムはセルタネージョよりもさらにおだやかで田舎臭い印象がある。バジェナートが少し違うのは、ブラジルとは違って鍵盤ではなく、ボタン式のアコーディオンを多用すること。さらに軽快な印象が強くなる。
 


また、このジャンルにもポピュラーとなった立役者がいて、それがカルロス・ビベスだ。彼はコロンビアだけでなく、スペイン語圏では誰もが知る大スターで、バジェナートをロックやポップスと同じ土俵に持ってくることに成功した。同じくコロンビアの歌姫シャキーラとも共演しているが、ここでもアコーディオンは主役級の扱いだ。
 


さらにバジェナートはポップに変化し、アイドル的な人気を得たファニー・ルーなどのスターを生んでいる。ここまできたら、他のラテン・ポップと比べても、何ら違和感はないだろう。
 

ブラジルと並ぶ音楽大国アルゼンチンにもアコーディオンがあった!

お次は、ぐっと南下したところに位置する大国アルゼンチン。アルゼンチンというとまずタンゴを思い出す人が多いだろうが、タンゴで使用しているのはアコーディオンではなくバンドネオンという楽器。同じ蛇腹を使った親戚のような楽器だが、その音色は一味違う。タンゴはアルゼンチンの首都ブエノス・アイレスの都会で発展した音楽だが、それとは別に“フォルクローレ”という民謡ではアコーディオンを使うことがしばしばある。もっとポピュラーなのが、“チャマメ”というリズムだ。チャマメはいわゆるガウチョといわれるカウボーイたちによって親しまれたもので、他のアンデス系のフォルクローレとも少しイメージが異なる。有名なアコーディオン奏者といえば、アントニオ・タラゴー・ロス。父親のタラゴー・ロスも、ラウラとイルペーという娘二人もフォルクローレ歌手という名門一家だ。

アルゼンチンにおいて、アコーディオンはベテランのおじさんだけのものではない。日本の若者が伝統芸能、民謡などに興味が薄いように、「チャマメなんて古臭い」と思う若者はもちろん多いが、実は熱心に学んでいるミュージシャンもいるのだ。中でも10代前半でこのテクニック! と思わされるエミリアニート君には注目したい。
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また、中堅では実力No.1といわれているチャンゴ・スパシウクの存在も大きい。彼は普段はチャマメを弾くことが多いが、ロックやポップスのミュージシャンとの共演も多く、本格的なチャマメ・サウンドはもちろん、ジャンルを跨ぐような演奏ができるのも魅力。ここでは軽快にスウィングするナンバーを披露している。 
 


他にも、ジャズやロック、そしてデジタル・クンビアのようなアヴァンギャルドな実験音楽に至るまで、アルゼンチンのアコーディオン音楽は本当に奥深い。バンドネオンのイメージだけでアルゼンチンを語ってもらっては困るのである。

まだまだ南米におけるアコーディオン音楽は多数あるが、これ以上挙げていくとキリがないのでこのへんで。いずれにしても、アコーディオンは、ヨーロッパからの移民がもたらした楽器であり、ここで紹介したものもラテン音楽とはいえかすかにヨーロッパの残り香を感じられるのが特徴だ。そんなヨーロッパと南米のミクスチャーの象徴でもあるアコーディオン音楽。あの蛇腹から聞こえてくる優雅な調べを楽しみながら、密かに地球の裏側へと想いを馳せてみてはいかがだろうか。


Text:栗本 斉
Illustration:山口 洋佑
Edit:仲田 舞衣